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露の答
つゆのこたえ |
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作品ID | 45889 |
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著者 | 坂口 安吾 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「坂口安吾全集 03」 筑摩書房 1999(平成11)年3月20日 |
初出 | 「新時代 創刊号」経国社、1945(昭和20)年10月1日 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2008-11-02 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 15 ページ(500字/頁で計算) |
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ぬばたまのなにかと人の問ひしとき露とこたへて消なましものを
その一
加茂五郎兵衛の加茂は古い姓です。加茂の地名や賀茂神社など諸国に見られ、之は上古に於ける加茂族の分布を示すもので、神代の頃加茂族なる一部族があり、後世諸国に分散定住し祖神を祀つて賀茂神社と称した。この部族の生業は鍛冶ではなかつたか、といふことが今日一部の民族学者によつて言はれてをりますが、加茂族だの諏訪族、三輪族など、之等は先づ国神系統の代表的な氏族でせうが、その他何々、新撰姓氏録に数百の姓氏が記載せられて古い起源を示してゐるのは衆知のことです。ところで、加茂五郎兵衛といふ人物は実際は加茂五郎兵衛といふ姓名ではありません。
明治大正の頃は知る人もあつたでせうが、今日となつては変名の必要もないかも知れぬ。けれども一時はともかく若干政界に名前の通つた人物であり、累の及ぶことを憚り変名を用ひたまでゞ、本当の姓は、加茂に類する古い姓の一つです。私が古い姓氏だの部名に就ていくらかでも知識のあるのはこの人の伝記を依頼せられて調べたことに由来し、実際この人の郷里に残る字の名や氏神などに氏族の伝統を語る名残りが歴然と有り、茫々二千年三千年、私もいさゝか感慨があつた。尤も人間誰しも類人猿以来の古い歴史があるのですが。それで変名を用ひるに当つても、之にこだはる思ひが残つて、加茂族の加茂を借用に及びいさゝか懐古の感慨を満した次第です。したがつて、人物の変名につれ、町村山河の名も仮名ですが、天地は玄の又玄、物の名の如きは問題ではないといふ、之は大体加茂五郎兵衛の思想でもありました。
尤も加茂五郎兵衛は決して大政治家ではありません。今で申せば政務次官ぐらゐのところで政界と縁を切りましたが、このときは大変な騒ぎであつた。
時の内閣に大命が降るに就ては裏に事情があつて、その代り之々のことを実現してくれろ、さういふ条件が世話人と其方面とに結ばれてをつた。勿論世話人から新総理たる人にその旨通じてはありましたが、この新首相が、大政治家といふのか大理想家といふのか、之を称して大人物と申すのかも知れませんが、約束だの前言などゝいふものに束縛せられるやうな狭い量見がございません。ズラリと並んだ新大臣が又いづれ劣らぬ大人物で、司法大臣が支那問題に就て大演説をするかと思へば、総理大臣の施政演説と同じ要領で方針を説く大臣もあります。官僚的実務を馬糞の如くに蹂躙して政治の勢威豪快華美なること今日の如くに人心のコセ/\した時代の量見では推量もつきません。行政事務は各々専門の次官にまかせ大風呂敷をひろげて天下国家をコンパスでひいた円のやうに自在又流暢にあつかつてをります。
組閣当初の約束などはどこへ消えたか影も形もない有様に、世話人は慌てました。この世話人と特に親交のあつたのが加茂五郎兵衛です。
そこで五郎兵衛は総理に面…