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落語・教祖列伝
らくご・きょうそれつでん
作品ID45891
副題01 神伝魚心流開祖
01 しんでんぎょしんりゅうかいそ
著者坂口 安吾
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾全集 11」 筑摩書房
1998(平成10)年12月20日
初出「別冊文藝春秋 第一八号」1950(昭和25)年10月25日
入力者tatsuki
校正者noriko saito
公開 / 更新2009-09-29 / 2014-09-21
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 カメは貧乏大工の一人息子であったが、やたらに寸法をまちがえるので、末の見込みがなかった。頭が足りなかったのである。そのくせ、大飯をくう。両親は末怖しくなって、人夫をさがしていた山の木コリにあずけた。木コリが試験してみると、鋸だけはうまくひく。器用なことはできない代りに、根気がよくて、バカ力があるので、木コリには向いている。しかし、まだ十の子供のことだから、
「山へ行くと、友だちはいないぞ。人間の顔も見ることができないぞ。ムジナや蛇が親類だ。それでも我慢できるか」
「腹いっぱい食わせてくれれば、どこにでも、いられる」
 それがカメの返事であった。試験に合格して、山にこもった。
 山の木をきりだして、筏にくんで、両親のすむ城下町まで運んでくる。子供だから、木コリの仕事は一人前にはできないが、筏はたちまち一人前以上にやれるようになった。
 しかし、筏を町へつけると、両親の顔も見ないで、山へ走って帰った。山には好物の食べ物が彼を待っている。彼はほしいものをタラフク食うことができる。町で人間どもの面相など見ていたって、腹のタシにならない。
 山にいると、米の飯はめったに食えない。しかし城下の町人どもは、米の飯を食わないことには馴れている。貧乏大工の倅の彼は、米の飯を食わないことには馴れていた。タラフク食えばタクサンだ。
 山にいると、食うものは算えきれない。キノコ、山の芋、ワラビ、ゼンマイ、木の実等々。しかし、彼は動物性食物をより多く好む。蛇は特に好物の一つである。蝉、トンボ、ゲンゴロウ(水虫)なども不時のオヤツとして、いける。赤蛙が、また、うまい。ムジナ、ネズミ、モモンガー、町の生活では味えない美食である。風味が変って、特によろしいのが渓流の魚で、岩石をもちあげて、カニや小魚をつかみとり、滝ツボや深い淵へもぐって岩蔭の銀の魚をつかみとる。
 それから、十数年すぎた。
 カメの父の大工が死んで、中風の母がのこった。町内の者は中風の母の世話が面倒なので、山からカメをつれてきた。
 カメはただは降りなかった。町には食物がないからという彼の偏見は頑強であった。使いの者は一晩山の小屋に泊ったあげく、山の幸のモテナシに降参して、逃げて帰った。
 そこで多茂平という町内の世話役の旦那が自身出馬して説得におもむいた。
「のう。カメ。お前、こんなもの、食うか」
 多茂平は谷底の岩へ腰を下して、おもむろに包みをといて、子供の頭ほどあるお握りをとりだして、あたえた。カメはアリアリおどろいて、叫んだ。
「これは、米のムスビだぞ!」
「そうだ。米のムスビだ。ほしかったら、くえ。いくつでもある」
「よし。いくつでも、あるな」
「食えるだけ、やる」
 カメはムスビにがぶりついた。多茂平は自分用のムスビをとりだして、たべた。カメはそれをのぞきこんで、自分のものと見くらべながら、
「それは変なもの…

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