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フシギな女
フシギなおんな |
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作品ID | 45915 |
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著者 | 坂口 安吾 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「坂口安吾全集 11」 筑摩書房 1998(平成10)年12月20日 |
初出 | 「新潮 第四八巻第五号」1951(昭和26)年4月1日 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2009-03-27 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 36 ページ(500字/頁で計算) |
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文字と画はこうも違うものかね。ヤブニラミ、オカメ、無愛想、唇厚く、ニキビ面などと目撃者の表現が散々だから(築地の中華料亭四人殺害事件の犯人)この事件を漫画にとり入れた人々も大そうな不美人をかいていましたね。
ところが、モンタージュ写真を見ると、凄味のある不美人ではなくて、農村でタクサン見かけることができそうな、あたり前の顔だ。女中の顔の型としては代表的な一ツかも知れん。疑られて迷惑する娘さんが方々に現れそうだ。しかし帝銀の場合とちがって、目撃者が多いし、相対していた時間も長いから、この写真は当人によく似ているのだろう。太田成子嬢はそう長く地下にもぐっていられないに相違ない。
ラーメンをたべたお客さんの印象、スシ屋さんの印象、洋品店のお婆さんの印象、みなさんそれぞれ個性的な特徴をつかんでいて、我々がそれを読んでもなんとなく印象的である。ラーメンのお客さんの言葉によると、今日から来たの? ときいても無言で、ドンブリの内側へ指をかけてラーメンを持ってきたそうだし、スシ屋では三四十分もかかって、まずそうにスシ一皿くい、四回も時間をきき、四合も水をのみ、もっと長く居たいような様子だったが店が忙しいので仕方なしに立ち去ったらしいという。洋品屋では、オーバーのポケットから札をつかみだして、百円札で四枚、十円札で六十二枚、それを算えるのに十分もかゝったが、多すぎるので百円札一枚返すと、それをポケットへねじこんだそうだ。ラジオがウタのオバサンをやってましたから八時五十分ごろですよ、そこのお婆さんの証言は探偵小説的である。
最もよく見たはずの人物、同じ店の出前持で、二階にねていて唯一人難をのがれた山口さんの証言、いや、手記(毎日新聞二月二十五日)が、あべこべに甚しく印象的なところがないな。太田成子という個性を捉えたところがない。「別に怪しい素ぶりもなく普通に働いていましたが、ただお客が飲み食いした後は必ず店内を掃き、ゴミを裏まで捨てに行ったので、一々裏まで行かなくともいいと言いましたが、それから寝るまで三四回は裏木戸から外に出たようです」というのがこの手記中で成子嬢の示した唯一の異様な行動であるが、これ以外にも特徴のある行動がなかった筈はなかろう。彼はただ、彼女をおそく訪れた男があった、という事実を後刻に至って知ったから、それにてらして思い当った観察であろう。思い当る節がないと見逃している観察眼だ。店をしめてから彼が前掛けのセンタクしているとき、彼女は女中部屋で旦那が売上を計算しているのを見ていた、という。これも泥棒という事実があって、よみがえった観察にすぎない。
「一時半ごろ便所へ行くために階段を下りかけると、下の方から声を殺したような男女の話声がきこえるから、女中部屋をのぞくと、いつのまに来たのか女の敷いた布団の上に男が膝をかかえた姿勢でカベの方を向いてすわっていま…