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屋根裏の犯人
やねうらのはんにん
作品ID45936
副題――『鼠の文づかい』より――
――『ねずみのふみづかい』より――
著者坂口 安吾
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾全集 13」 筑摩書房
1999(平成11)年2月20日
初出「キング 第二九巻第二号」1953(昭和28)年1月15日
入力者tatsuki
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-06-11 / 2014-09-21
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

晦日風呂

 その日は大晦日です。何者か戸を叩く音に、ヤモメ暮しの気易さ、午ちかくまで寝ていた医者の妙庵先生、起きて戸をあけると、
「エエ、伊勢屋源兵衛から参りましたが、本日はお風呂をたてましたので例年の通り御案内にあがりました。どうぞお運び下さいまし」
「では本日は伊勢屋の煤はらいか」
「ヘエ、左様で。例年は十二月の十三日に行う慣いでしたが、当年に限って忙しかったので大晦日に致しました。そろそろ湯のわくころでございます」
「それは御苦労であった。ちょうどいま起きたところだから、茶漬けをかッこんで朝風呂をちょうだい致そう」
 使いの者を返して湯をわかし、冷飯を茶漬けにして食事をすませると、伊勢屋へでかけました。
 この伊勢屋では、年に一度、煤はらいの日に風呂をたきます。その日になると、まず檀那寺から祝い物の笹竹を月の数だけ十二本もらってくる。これで煤をはらって、用ずみの竹は屋根の押えに使います。タダの物をさがしだしていろ/\と役に立てるのが伊勢屋源兵衛の寝た間も頭を去らぬ心得で、この煤はらいの当日に一年に一度の風呂をたくにも、五月節句のチマキの皮やお盆に飾った蓮の葉なぞと他の使い道のないものを段々とためておいて、これで焚きます。
 こういう風呂ですから、家族の者だけが身体を洗って捨てるようなことはしません。妙庵先生は自分から薬代を要求しない人ですから患者の方から見つくろって礼物をさしあげる。そこで伊勢屋では一年に一度の風呂をさしあげます。物の効用は無限であって、それを発見した者はタダで無限の効用を利用することができます。
 妙庵先生が伊勢屋へ参りますと、店さきの土間に風呂桶をすえて、源兵衛さんの母親が釜たきをしている。風呂桶は年に一度しか使わないから、ふだんは土蔵にしまっておきます。
「ようこそおいで下さいました。ただいま湯カゲンを見ましょう」
「これは御隠居、いたみ入りますな」
「昨晩やすむ前にこの風呂桶を土蔵から出してすえまして、今朝は暗いうちから私が焚きつけておりますが、早いもので、もう沸きましたようです。薪をたいて急いで風呂をわかそうなんて方もあるようですが、それじゃア夜と昼とがあるという意味がありませんね。夜を用いて焚きつけますと、午すぎる頃にはもうチャンとこうして風呂がわいております。ちょうどよろしいようですが、カサのある物を一たきして、熱いめに致しましょう」
「これはオモテナシかたじけない」
「この木履は私が十八の年、当家へお嫁入りのとき長持に入れて持って参ったもので、歯がちびたのはいつの頃からでしたか。雨の日も雪の日もこれをはきまして、早いもので、五十三年になります。私一代はこの一足で埒をあけるつもりでしたが、惜しいじゃありませんか。野良犬に片方とられて、今日是非もなく煙にしなければなりません。一代に二足も下駄をはこうなどとは、この年まで夢に…

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