えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
楽天Kobo表紙検索
小説・評論集「文学母胎」後記
しょうせつ・ひょうろんしゅう「ぶんがくぼたい」こうき |
|
作品ID | 45945 |
---|---|
著者 | 豊島 与志雄 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」 未来社 1967(昭和42)年11月10日第1刷 |
初出 | 「文学母胎」河出書房、1942(昭和17)年12月 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | Juki |
公開 / 更新 | 2013-07-03 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 2 ページ(500字/頁で計算) |
広告
広告
本書の性質を一言しておく。
私は嘗て、李永泰なる人物を見まもっていた。彼の時折の行動について、四つの短篇小説を書いた。最後に、彼の決定的発展段階を示す中篇或は長篇を、書くつもりでいた。その時、彼の前面に、他の人物が大きく立ち現われてきた。如何なる人物であるかは、他日の作品に譲って茲には云うまい。そういうわけで、李永泰は一応このまま放棄することになった。放棄された李永泰は、私にとっては、小さな愛すべき存在であると共に、他の新たな人物の背景的母胎でもある。――これが本書の第一部。
新たな人物の、或は新たな作品の、生成発育を見まもりながら、作者というものは、いろいろなことを考えるものだ。甚だ真面目な考察に耽ることもあれば、甚だのんきな空想を逞うすることもある。もはや、一つの人物や一つの作品を離れて、目にふれ耳にはいるものについての、謂わば一般的な文学ノートが作られる。――これを少しく整理したものが本書の第二部。
だが、日本はいま、戦争と発展とのただ中にある。このことは当然、吾々の文学一般の背景的母胎となる。私はこの母胎を、台湾や北支や中支に探ってみた。これは旅行記ではなくて、やはり一種の文学ノートである。但し、これらの土地の事情は刻々に変化しつつあるので、文章のそれぞれに日付をつけておいたし、その日付を考慮に入れて読んで貰いたいのだが、然し、急激な歴史の進展の底の変らぬものを、多少は捉えてるつもりでいる。――これが本書の第三部。
以上、著者の立前だが、そんなことは無視して、ただ、ちょっと小説をのぞき、それから文学漫談をして、それから少しく旅行をしてみる。それぐらいな気持で読んで頂いてもよろしいのである。