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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん |
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作品ID | 45961 |
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副題 | 13 浅草の大火のはなし 13 あさくさのたいかのはなし |
著者 | 高村 光雲 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店 1995(平成7)年1月17日 |
入力者 | 網迫、土屋隆 |
校正者 | しだひろし |
公開 / 更新 | 2006-03-23 / 2018-05-22 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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これから火事の話をします。
前に幾度かいった通り、慶応元年丑年十二月十四日の夜の四ツ時(私の十四の時)火事は浅草三軒町から出ました。
前述詳しく雷門を中心とした浅草一円の地理を話して置いたから大体見当は着くことではあるがこの三軒町は東本願寺寄りで、浅草の大通りからいえば、裏通りになっており、町並みは田原町、仲町、それから三軒町、……堀田原、森下となる。見当からいうと、百助の横丁を西に突き当った所が三軒町で、其所に三島神社があるが、その近所に襤褸屋があって、火はこれから揚がったのだ。
その夜は北風の恐ろしく甚い晩であった。歳の暮に差し掛かっているので、町内々々でも火の用心をしていたことであろうが、四ツ時という頃おい、ジャン/\/\/\という消魂しい※[#「てへん+(「縻」の「糸」に代えて「手」)」、58-5]り半鐘の音が起った。「そりゃ、火事だ、火事だ」というので、出て見ますと、火光は三軒町に当っている。通りからいえば広小路の区域が門跡寄りに移る際の目貫な点から西に当る。乾き切った天気へこの北風、大事にならねば好いがと、人々は心配をしている間もあらばこそ、火は真直に堀田原、森下の方向へ延びて焼き払って行く。ちょうど大通りの並木に平行して全速力で南進して行くのであった。
この時、私の師匠東雲師の家は諏訪町にあることとて、火事は裏通り、大分遥かに右手に当って焼け延びているのであるから、さして気にも留めずにいた。
「まず大きくなった所で、この風向きでは黒船町へ抜けるであろう。蔵前の八幡の方へ……小揚の方へ抜けて行くだろう。こっちの方は大したことはあるまい」と安心している中に、焼け延びるだけ延びた火の手は俄然として真西に変って来た。
「おやおや風向きが変った。西になった」
と、いってる声の下から、たちまち紅勘横丁へ火先が吹き出して来た。これは浅草の大通りだ。師匠の宅から正に半町ほど先である。と、見ると、火の手は、南進していたものが一転して東方に向って平押しに押し込んで、大通りに向う横町という横町へ、長蛇の走るよりも迅い勢いで吹き出して来た。今の今まで安心していた主人を初め、弟子、下職、手伝いに駆けつけた人々が、「もう、いけない。出せるものだけ出せ」というので、荷物を運び出しました。
荷物を運ぶといっても、人家稠密の場所とて、まず駒形堂辺へ持って行くほかに道はない。手当り次第に物を持って、堂の後ろの河岸の空地へと目差して行く。
荷物を運ぶのは何処も同じことですから、見る見る中に、この辺は荷物の山を為す。ところが、横丁々々から一斉に吹き出した火は長いなりに大巾になって一面火の海となり、諏訪町、駒形一円を黒烟に包んで暴れ狂って来た。
で、今度は広小路の方へ追われて出て、私たちは広小路の万年屋(菜飯屋)の前へ荷物を運び出しました(万年屋は師匠の家のしるべで…