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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん |
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作品ID | 45965 |
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副題 | 17 猫と鼠のはなし 17 ねことねずみのはなし |
著者 | 高村 光雲 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店 1995(平成7)年1月17日 |
入力者 | 網迫、土屋隆 |
校正者 | しだひろし |
公開 / 更新 | 2006-03-23 / 2018-05-18 |
長さの目安 | 約 10 ページ(500字/頁で計算) |
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少し変った思い出ばなしをします。鼠の話を先にしましょう。
私が十五、六歳の時です。師匠の手元にいて、かれこれ二、三年も稽古をしたお蔭で、どうやら物の形が出来るようになって来ました。それで、そろそろ生意気になって、何か自分では一廉の彫刻師になったような気持で、師匠から当てがわれた仏様の方をやるのは無論であるが、それだけではたんのう出来ないような気持で、何か自分の趣向を立てたもの、思い附いたものを勝手にやって見たいという気が起って来る。もっとも、こういうことは、師匠の眼の前で実行してはお叱りを受けますから師匠の眼に留まらないような時を見て、朝がけとか、夜業のしまいとかいう時にコッソリといたずらをするのであります。
けれども、まだ初心のこととて、自分の腕に協いそうなものでなければ手が附きません。そこで思い附いて彫り出したのが鼠であった。
それはちょうど実物大の鼠を実物をお手本にする気で考え考え、コツコツと彫り出しましたが、彫り上げて見ると、どうやら形になったような気持……それは檜の材でありますから、真白であるのを、本当の鼠を行くのであるから、自分で考えてちょうどな色をそれに附ける。手に取って打ち返して見れば、さすがに自分の拵えたもの故、ほんの遊びいたずらとはいいながら、他のあてがわれた仏様よりも愛念の情が自ずと深いわけ。或る日、その出来上がった鼠をば、昼食を終ったわずかの休みの暇に、私かに店頭の棚に乗せて眺めていました。その頃の仏師の店は前にも申した通り、往来に面した店がすなわち仕事場で、今日の仏師の店と大した相違もないような体裁、往来からも一目に店が見えるのでありますから、私は内外に気兼ねをしながら見ていました。
すると、奥の方から師匠の自分を呼ばれる声がする。びっくりして師匠の前へ参ると、
「幸吉、お前、これから直ぐに大伝馬町の勝田さんへ使いに行ってくれ、急ぎの用だから、早く……」
と、いうお言葉。畏まって、直ぐに店を飛び出して行きましたが、その時、急な要事というので、鼠のことを打ち忘れ、そのまま、棚の上に置きっぱなしにして出たのでありました。そうして、師用を済まし、私は午後三時頃てくてく帰って来ました。
ところが、その、私の留守中に、店へ来られたお客があった。その方は上野東叡山派の坊様で、六十位の老僧、駒込世尊院の住職で、また芝の神明さまの別当を兼ねておられ、なかなか地位もある方であったが、この方が毎度師匠の許へ物を頼みに見えられます。今日もそれらの用向きで参られて、師匠と店頭にて話をしておられました。と、ふと、坊様は、師匠に向い、
「先刻から、あの棚の上に鼠がいるので妙だなと思っていたのだが、あれは本当の鼠ではないのですね。彫り物なんですね。誰が拵えたのですか」
といいながら、起って、その鼠を棚から卸して来て、掌に乗せて、つくづく見ながら、
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