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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID45966
副題14 猛火の中の私たち
14 もうかのなかのわたしたち
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者しだひろし
公開 / 更新2006-03-23 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私は十四の子供で、さして役には立たぬ。大人でもこの猛火の中では働きようもない。私の師匠の東雲と、兄弟子の政吉と、私の父の兼松(父は師匠の家と私とを心配して真先に手伝いに来ていました)、それに私と四人は駒形堂の方から追われて例の万年屋の前へ持ち出した荷物を卸し、此所で、どうなることかと胸を轟かしている。火勢はいやが上に募って広小路をも一舐めにせん有様でありますから、師匠は一同に向い、
「とても、この勢いではこの辺も助かるまい。大事な物だけでも、川向うへ持って行こうじゃないか」というので、籠長持に詰め込んである荷物を、政吉と父の兼松とが後先に担い、師匠は大きな風呂敷包みを背負いました。
「幸吉、お前は暫く此所で荷物の番をしていてくれ、俺たちはまた引っ返して来るから」そういって三人は吾妻橋の方を差して出て行きました。幸吉というのは私のその時分の呼び名です。光蔵という語音が呼びにくいので光を幸に通わせて幸吉と呼ばれていました。

 出て行った三人は、二、三十間ほども行くと、雷門際は荷物の山、人の波で、とても大変、籠長持など差し担いにして歩くことはおろか、風呂敷包み一つさえも身には附けられぬほどの大混雑、空身でなければ身動きも出来ない。所詮は生命さえも危ないという恐ろしい修羅場になっておりますから「これでは、どうも仕方がない。生命あっての物種だ。何もかも抛り出してしまえ」というので、父の兼松と政吉とは籠長持を投げ出してしまう。果ては人波に押され揉まれしている中に三人は散々バラバラになってしまいました。

 万年屋の前に荷物の番を吩咐かって独り取り残された私は、じっと残りの荷物の番をしておりました。子供心にも、師匠や親からいいつかった荷の番の責任を感じている上に、もう一度引っ返して来るから、といって出て行った言葉もあることとて一生懸命に荷物を守っておりました。
 すると、見る見る中に、両側の家は焼け落ちて、今にも万年屋の屋根を火先が舐めそうになって来る。と、火消しの一群が火の粉を蹴って駆け来り、その中の一人が、長梯子を万年屋の大屋根の庇に掛けました。そうして、するすると屋根へ上って行きました。
「おい、お前、こんな所に何をまごまごしてるんだ」
 一人の火消しは私を見て怒鳴りました。
「私は荷物の番をしてるんだ」
 そういいますと、
「何、荷物の番をしてるんだ? 途方もない。ぐつぐつしてると、荷物より先に手前の生命がないぞ、早く逃げろ、早く逃げろ」
 そう怒鳴りつけますが、さりとて、私は逃げ出すわけには行かない。師匠の預かり物の番をしているので、師匠や親が、もう一度此所へ帰って来るまでは、何がどうあろうと踏み止まろうと、火消しの怒鳴るのをも係わず、やはり荷物へ噛り附いていました。
 すると、仕事師の一人が、突然、私を突き飛ばして、
「逃げなきゃ死んでしまうぞ。早く逃げろ…

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