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タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった
タネリはたしかにいちにちかんでいたようだった |
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作品ID | 4600 |
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著者 | 宮沢 賢治 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「ポラーノの広場」 新潮文庫、新潮社 1995(平成7)年2月1日 |
入力者 | 久保格 |
校正者 | 鈴木厚司 |
公開 / 更新 | 2003-08-24 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 11 ページ(500字/頁で計算) |
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ホロタイタネリは、小屋の出口で、でまかせのうたをうたいながら、何か細かくむしったものを、ばたばたばたばた、棒で叩いて居りました。
「山のうえから、青い藤蔓とってきた
…西風ゴスケに北風カスケ…
崖のうえから、赤い藤蔓とってきた
…西風ゴスケに北風カスケ…
森のなかから、白い藤蔓とってきた
…西風ゴスケに北風カスケ…
洞のなかから、黒い藤蔓とってきた
…西風ゴスケに北風カスケ…
山のうえから、…」
タネリが叩いているものは、冬中かかって凍らして、こまかく裂いた藤蔓でした。
「山のうえから、青いけむりがふきだした
…西風ゴスケに北風カスケ…
崖のうえから、赤いけむりがふきだした
…西風ゴスケに北風カスケ…
森のなかから、白いけむりがふきだした
…西風ゴスケに北風カスケ…
洞のなかから、黒いけむりがふきだした
…西風ゴスケに北風カスケ…。」
ところがタネリは、もうやめてしまいました。向うの野はらや丘が、あんまり立派で明るくて、それにかげろうが、「さあ行こう、さあ行こう。」というように、そこらいちめん、ゆらゆらのぼっているのです。
タネリはとうとう、叩いた蔓を一束もって、口でもにちゃにちゃ噛みながら、そっちの方へ飛びだしました。
「森へは、はいって行くんでないぞ。ながねの下で、白樺の皮、剥いで来よ。」うちのなかから、ホロタイタネリのお母さんが云いました。
タネリは、そのときはもう、子鹿のように走りはじめていましたので、返事する間もありませんでした。
枯れた草は、黄いろにあかるくひろがって、どこもかしこも、ごろごろころがってみたいくらい、そのはてでは、青ぞらが、つめたくつるつる光っています。タネリは、まるで、早く行ってその青ぞらを少し喰べるのだというふうに走りました。
タネリの小屋が、兎ぐらいに見えるころ、タネリはやっと走るのをやめて、ふざけたように、口を大きくあきながら、頭をがたがたふりました。それから思い出したように、あの藤蔓を、また五六ぺんにちゃにちゃ噛みました。その足もとに、去年の枯れた萱の穂が、三本倒れて、白くひかって居りました。タネリは、もがもがつぶやきました。
「こいつらが
ざわざわざわざわ云ったのは、
ちょうど昨日のことだった。
何して昨日のことだった?
雪を勘定しなければ、
ちょうど昨日のことだった。」
ほんとうに、その雪は、まだあちこちのわずかな窪みや、向うの丘の四本の柏の木の下で、まだらになって残っています。タネリは、大きく息をつきながら、まばゆい頭のうえを見ました。そこには、小さなすきとおる渦巻きのようなものが、ついついと、のぼったりおりたりしているのでした。タネリは、また口のなかで、きゅうくつそうに云いました。
「雪のかわりに、これから雨が降るもんだから、
そうら、あん…