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西林図
せいりんず
作品ID46081
著者久生 十蘭
文字遣い新字新仮名
底本 「久生十蘭全集 Ⅱ」 三一書房
1970(昭和45)年1月31日
入力者tatsuki
校正者伊藤時也
公開 / 更新2010-09-13 / 2014-09-21
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 冬木が縁の日向に坐って、懐手でぼんやりしているところへ、俳友の冬亭がビールと葱をさげてきて、今日はツル菜鍋をやりますといった。
「ツル菜鍋とは変ってるね」
「ツル菜じゃない、鶴……それも、狩野流のリウとした丹頂の鶴です。鶴は千年にして黒、三千年にして白鶴といいますが、白く抜けきらないところがあるから、二千五百年くらいのやつでしょう」
「そんなものなら自慢することはない。むかし、鶴の罐詰というのがあって、子供のころ、よく食わされた……丹頂の鶴が短冊をくわえて飛んでいる極彩色のレッテルを貼って、その短冊に『千年長命』と書いてあるんだ。こんなものを食ったおかげで、千年も長生きをするんじゃたまらないと思って、子供心ながら、だいぶ気にした」
「あなたのお話は、いつも、どこかズレているのでハラハラしますよ。それは人魚のまちがいでしょう。長寿にあやかるということはありますが、鶴を食って長生きをしたという伝承はないはずです。それに、罐詰の鶴の正体は、朝鮮の臭雉というやつなんでして、知らぬこととはいいながら、よけいな心配をしたもんです」
「まことしやかに、なにかいうね。君はどうしてそんなことを知っているんだい」
「あの罐詰をやっていたのは、あたしの叔父なんだから、あきらめていただきましょう」
「これは恐れいった。すると、あれは鶴でなくて雉だったんだね」
「南鮮にそいつがむやみにいて、粟を食ってしようがない。そのため、ときどき大仕掛けな害鳥捕獲をやるんですが、名のとおりに、泥臭くて煮ても焼いても食えない。あたしの叔父は利口だから、それで、ああいう見事なことを思いついたんですが、日本には、あなたのようなとぼけたひとが多いので、これは大いに当りました」
 鶴の話ばかりしていて、いっこうに鍋ははじまらない。冬木は落着かなくなって、そろそろやろうかと催促すると、冬亭は、
「やろうといったって、鶴はまだない。これから、ひねりに行くんです」と昂ぶったようなことをいった。
 となりの鹿島の邸の庭にいる鶴が、毎晩のように飛んできて、冬亭が飼っている鯉を、十何匹とか食ってしまったので、そのしかえしに、おびきだしてひねってしまうという話なのである。
「あたしは脚を抱えこみますから、あなたは嘴を掴んでいただきます。あれでこつんとやられると、頭に穴があきますから」
 冬木は冗談じゃないと思って、
「僕はまだなんともいっていないぜ。あっさりいうけど、むこうだって生のあるものだから、そうやすやすと掴ませはしまい」
 相手になりたくないようなようすを見せたが、冬亭にはまるっきり感じがなく、両手をひろげて、眼の前の空気をかき抱くようなしぐさをしながら、
「あたしが、こんなふうに、諸手で抱えこんでしまいますから、あなたはバットを握る要領で、グイと掴んでくだされば、それでいいんです」
 冬木は、なんといわ…

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