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![]() ちょうのえ |
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作品ID | 46083 |
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著者 | 久生 十蘭 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「久生十蘭全集 Ⅱ」 三一書房 1970(昭和45)年1月31日 |
初出 | 「週刊朝日別冊 記録文学特集号」1949(昭和24)年9月10日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 芝裕久 |
公開 / 更新 | 2020-07-15 / 2020-07-02 |
長さの目安 | 約 50 ページ(500字/頁で計算) |
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一
終戦から四年となると、復員祝いも間のぬけた感じだったが、山川花世の帰還が思いがけなかったせいか、いろいろな顔が集まった。主人役の伊沢元仏蘭西領事と山川の教え子だった伊沢の細君の安芸子、須田理学士、貿易再開で近くリヨンに行く森川組の笠原忠兵衛、シンガポールの戦犯裁判で、弁護団側のマレー語の通訳をしていた岩城画伯などがやってきたが、定刻をすぎても、当の山川はあらわれない。
伊沢は窓ぎわのソファで笠原と領事時代の話をしていたが、そのうちに、いいものを聞かせようといって、空色のラベルを貼った古色蒼然たるレコードを持ちだしてきた。
「テット・スキッパの『蝶』だ。あのころパリにいた連中は、忘れられぬ思い出をもっているはずだ」
ほのかな歌声が、管絃楽のアンサンブルの中から音の糸を繰りだすように洩れてきた。繊細な技巧と熱情が美しく波うつスキッパのハバネラは、人間のいない薄いうたいかたでは、どんな派手な声を仕上げてもだめなものだという証をしながら、聞くものの心を深い陶酔にひきこんだ。
歌が終って、アペリチフが出ると、笠原が、
「あのころ、パリに遊びに来ていた豊沢大掾がこれを聞いて、河東か荻江のウマ味だと、うがったことをいったが、歌うという芸道もここまでくると、もう東洋も西洋もない。おれも何十回聞いたか知れないが、聞いているあいだ、西洋の歌だということを忘れているふうだったよ」
といった。すると、そばにいた岩城が、思いだしたようにこんな話をした。
「いまのハバネラで思いだしたが、バタヴィアの戦犯裁判にかけられたなかに、比島の若い娘たちにたいへんな人気があって、『蝶』という愛称で呼ばれていた日本人がいた」
須田が気のない調子でたずねた。
「そいつは、なにをしたんだい」
「マニラのポゥロ大学の八百人の非戦闘員虐殺、ラグナのカランパノの幼児虐殺、パタネスのバスコの残虐事件……それのどれかに干与しているはずで、そのため、いくども法廷へひき出されるんだが、ドタン場へいくと、五人も十人も若い娘の証人が出て、反証をあげて無罪にしてしまうんだ」
「丹次郎だな。ちょっとしたもんだ」
笠原がまぜっかえしにかかった。
「それで、逃げきったのか」
「そんなやつだったが、やはり最後の幕は出さざるをえなかった。比島のほうは逃げきったが、スマトラのパレンバンの虐殺一件を、なにやらいうスペインの混血娘に摘発されて、とうとうバタヴィアの刑務所で絞首刑になった。頭巾をとると、『蝶』の実体は案外つまらない男だったが、助けたのも若い娘なら、殺したのも若い娘……絵でいえば、デッサンのたしかな戦争画の細部を見ているようで、複雑な感銘をうけた」
のんびりとそんな話に耽っていたのではない。内実は、みなすこしずつ腹をたてていた。八時になったが、まだやって来ない。空虚な時間を、あてどのない会話で埋めていく努…