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姦(かしまし)
かしまし(かしまし)
著者久生 十蘭
文字遣い新字新仮名
底本 「久生十蘭全集 Ⅱ」 三一書房
1970(昭和45)年1月31日
入力者門田裕志
校正者芝裕久
公開 / 更新2020-03-14 / 2020-02-21
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 いつお帰りになって? ……昨夜? よかったわ、間にあって……ちょいと咲子さん、昨日、大阪から久能志貴子がやってきたの。しっかりしないと、たいへんよ……ええ、ほんとうの話。あなたを担いでみたって、しようがないじゃありませんか。終戦から六年、その前が四年だから、ちょうど十年ぶり……誰だっておどろくわ。どんなことがあったって、東京へなど出てこられる顔はないはずなのに、そこが志貴子の図々しさよ……木津さん? 心配しているのは、そのことなのよ。なにはともかく、大至急、お耳にいれておくほうがいいと思って、それで……それはもう、あなたさまのおためになることでしたら、いかようにも、相勤めまするでござるだけど、お蔭さまで、今日はくたくた……
 ええ、朝の十時ごろ、いきなり築地の「山城」から電話をかけてきたものなの。折入っておねがいしたいことがあるから、どこか静かなところで、一時間ほどお話できないだろうかって。すらっとしたものよ……志貴子の追悼会をやったあと、久能徳が本門寺の書院で、いろいろとお助けいただいたご恩にたいしても、生涯、志貴子は東京へ出しません。おやじの私がお約束するって、畳に両手を突いておじぎをしたでしょう。あのいきさつを考えたら、かりに東京へ出てきたって、厚顔しく電話なんかかけてこれる義理はないのよ。だいいち、東京へ出てくること自体、あまりひとをバカにした話でしょう。木津さんに回状をまわして、大真面目な顔で年忌までやった、あたしたちの立場、どうなると思っているのかしら……ええ、そうなのよ。木津さんは、ひっこんでいるからいいようなものの、銀座あたりで、二人がひょっこり逢いでもしたら、あんな大嘘をついた手前、木津さんに合わせる顔ないわ。……
 あなたはそうでしょうさ。木津さんを釣っておくためなら、どんなことだってするひとなんだから、バレたら、あやまればいいと思っているんでしょうけど、あたしのほうは、悪かったじゃすまないのよ。そうだろうじゃありませんの。志貴子さん、お亡くなりになったんですってねえって、久能徳のうしろにくっついて、まっさきにお悔みに行ったのは、あたしなんだから罪が深いわ。
 もしもし、電話、遠いわね。聞えて? ……逢ったわ。もちろんよ、志貴子なんかの話、きいてやる筋はないわけなんだけど、いい気になって、ほっつき歩かれでもしたら事だから、うんと、とっちめて、昨夜のうちにでも大阪へ追い帰してやるつもりだったの……銀座のボン・トンで。なまじっかな場所だと、かえって目につくから、ざわざわしたところのほうがいいと思ったの。……
 やってきたわ、二十分も遅れて。腹がたって、ひっぱたいてやろうかと思ったくらい……遅くなったともいわず、ずるずるに椅子に掛けて、「お別れしてから、久しうなりますのンに、ちょっともお変りになってはれしめへんな」なんて、のんびりしたものなの…

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