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うすゆき抄
うすゆきしょう
作品ID46089
著者久生 十蘭
文字遣い新字新仮名
底本 「久生十蘭全集 Ⅱ」 三一書房
1970(昭和45)年1月31日
初出「オール讀物」1952(昭和27)年1月号~3月号
入力者門田裕志
校正者芝裕久
公開 / 更新2021-04-06 / 2021-03-27
長さの目安約 62 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 寛文本、仮名草紙の「薄雪物語」では、園部左衛門が清水寺で薄雪姫という美女に逢い、恋文を送って本意をとげたが、愛人に死なれて無情を感じ、高野山に入って蓮生法師になる。操浄瑠璃の「新薄雪」は文耕堂が時代世話にこしらえ、道行の枕に「旅立に日の吉凶をえらばぬは、落人の常なれや」というのが小出雲の名文句として知られている。
 どちらも慶長三年の「うすゆきものがたり」を粉本にしていることはいうまでもないが、原作にあるのは、凡庸な恋愛風俗と室町時代の仏教思想をなえまぜたようなたわけた話ではない。仮名草紙で園部左衛門となっている大炊介は、男の中の男とでもいうような誠実な魂をもった大丈夫で、薄雪姫なる行子のほうは、自分の生きる道を愛の方則から学びとるほか、なにひとつ知らぬような純情無垢の女性である。この一対の男女の上に、両親の反対や、政治的な策謀や、行きすぎた友情や、偽りの恋や、ありとあらゆる妨害が山と積みかさなる。男は底知れぬ勇気と果敢な行動で、女はおどろくべき辛抱強さと機略をもって抵抗し、二十年に及ぶ愛の戦争を継続するが、その癖、どちらも最後まで純潔なのである。二人は物狂わしいほどの熱情であくまでも一念を貫こうと心を砕くが、悲劇的な宿縁の翳に禍いされ、あわれにも身を亡ぼしてしまう。この話には見せかけの僥倖といったようなものは片鱗もない。あるものは不幸と苦だけである。なにひとつ慰藉のない荒涼たる一篇の情史は、読むものの胸をうたずにはおかない。
 筆者は松月尼というだけで、どういう人物か知られていないが、説話の文様からおすと、この事件に関係のあった一人だということがわかる。この事件の表裏に通じている人物といえば、大炊介の名親にあたる青山新七か、行子の母の資子か、行子の侍女の高根の三人のうちにちがいないが、「くやみてもかひなきことなれど、せめてもの心やりに書きもしるしつ」などと言っているところを見ると、あまり悧口すぎて、娘のあたら花の命を散らした母の懺悔ともとれるのである。
 松月尼の述懐は、風摩大炊介と賀茂行子がはじめて小田原の城下で出逢った天正九年の夏からはじまり、大炊介が蜂須賀小六家政(二世小六、阿波守)の手について朝鮮征伐に行き、唐島を経て京都へ帰った文禄二年の[#「文禄二年の」は底本では「永祿二年の」]秋の末で終っている。
 天正九年といえば、信長が高野の僧都、二十余人を斬り、家康が遠州高天神の城で武田勝頼の郎党の首、七百余級を獲ちとり、秀吉が鳥取城攻めにかかった年である。応仁の乱にはじまった大暗黒時代がおおよそ百年あまりもつづいているが、まだ終らない。上は大小名、各地に割拠して戦乱をおこし、下万民、家も畠も顧みるいとまがなく、流賊の態になりさがって諸所を放浪し、ただもう人のものを掠め盗って当座の渇命を医そうとするばかり。かしこの乱暴、ここの一揆と、世をあげて動乱し…

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