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だいこん
だいこん |
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作品ID | 46105 |
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著者 | 久生 十蘭 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「久生十蘭全集 Ⅲ」 三一書房 1970(昭和45)年2月28日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 富田倫生 |
公開 / 更新 | 2012-08-15 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 312 ページ(500字/頁で計算) |
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十五日 水曜
どこかで道草を食っていた最後のB29が一機、海よりも青い空の中をクラゲのように泳ぎながらゆるゆるとサイパンのほうへ帰って行った。
アンデルセンなら、お得意の童話の擬人法で、〈戦争……それは最後の装甲を解き、おのがベッドへ寝に行った〉とでも書くところだろう。
日本は降参した。とうとう奇蹟は起きなかった。
一夜のうちに大西洋の底へ沈んだアトランティド大陸のように、連合国がみなスッポリ海へ沈んで無くなってしまえと熱烈に期待していたが、駄目だった。芝生にふりそそぐ陽の光も、木の上を通る風の色も、なんの変りもないように見えるけど、これでもう今朝までのものとはちがう〈何物か〉なんだ。
それにしてもなんというすッとぼけた晴れようなんだろう。五年前の六月、フランスが降参した日もちょうどこんないいお天気で、〈空はあくまでも澄み、空気はさわやかで、このときほど美しい巴里はかつてなかった〉となにかの本に書いてあった。統計歴史学のお説だと、大きな国が倒れたり英雄が死んだりする日は、たいてい天気がよかったそうだから、その点では文句もいえない。
庭境いの夾竹桃の下で、ルルがごろごろ身体をころがしたり自分の尻尾にじゃれついてグルグル廻ったりしている。いかにもあそんでもらいたそうなようすだ。ご放送がすんでからママのおつきあいをしてロッキングに掛けていたが、べつに面白いこともない。クラブへ行ってみようとそっと立ちあがると、すかさずママがたずねた。
「どこへいらっしゃるんです」
「ちょっとクラブへ」
「クラブになにがあるんですか」
「なにがあるか、行ってみないとわかりませんのですけど」
「あなたはどうしてそうジタバタするんです。今日ぐらいは落着いていられないんですか」
うちの賢夫人は丑年生れの大人物で、覚悟をきめて坐りだしたら、背筋をおッ立てたまま、まる一日でも動かずに坐っていることができる。娘時代はひどい物臭さで、お琴も、お花も、ピアノも、手芸もうるさいことは一切やらず、一日中、居間でしんとおしずまりになっていた。パパは懶惰の美とでもいうようなのろのろの魅力にひっかかって結婚を申し込んだが、コセコセした才女型が外交官のお嫁さんの定型だった時代なので、法王庁におけるルーテルのように各方面から非常なヒンシュクをかったということだ。
パパ説では、妻君というものは、いるようないないような、たとえば雨とか虹とか、そういう自然現象のように、なんとなくまわりにトーヨー(たゆたい、漂うこと)しているのが理想なんだそうだが、新婚早々、二人で旅行したとき、汽車が東京駅を出て神戸へ着くまで、ママが姿勢を崩さずに悠然と坐っていたのにはおどろいて、こいつは馬鹿でないのかと心配したそうだ。
ところであたしは申年生れの小人物で、天気のいい日には先祖の原始感情がめざめ、枝から枝へ伝って…