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海難記
かいなんき
著者久生 十蘭
文字遣い新字新仮名
底本 「久生十蘭全集 Ⅲ」 三一書房
1970(昭和45)年2月28日
入力者門田裕志
校正者芝裕久
公開 / 更新2020-12-22 / 2020-11-27
長さの目安約 58 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ルイ十八世復古政府の第三年、仏領西亜弗利加の海岸で、過去にもなく、将来にもあろうとも思えぬ惨澹たる海難事件が起った。
 半世紀の間見捨てられていた植民地を再建するため、セネガル河口の[#「セネガル河口の」は底本では「セガル河口の」]サン=ルイ島に行く新任の総督、総督府の官吏、書記、植民地附属の司祭、土木技師、主計、酒保係、地方人の入植団、細君と子供達、植民地警備の歩兵約二個中隊を乗せたラ・メデュウズという三檣戦艦は、海事にも運用にも、なにひとつ心得のない疎漏愚昧な艦隊司令官の指揮にしたがい、当然の帰結として、天気晴朗の昼のさなか、どんな初心な水夫でも知っているアルグゥイーンの浮洲 banc d'Arguin に乗りあげてしまったのである。
 これも無智と怯懦な畏怖心から起ったことだが、乗員は一人残らず、なぜか軍艦は間もなく沈んでしまうのだろうと判断した。全員三百三十七名は離脱を肯んじない十七名を軍艦に残し、六隻の端艇と長さ八トアーズ(約七十尺)幅四トアーズ(三十五尺)という馬鹿げ切った巨大な筏――その後長く「ラ・メデュウズの筏」という名で記憶されるようになった有名な筏に分乗して、漠然と南大西洋の未知の海域に漂いだす。六隻の端艇のうちの二隻は、思いもかけぬ僥倖によってサン=ルイ島に辿りついたが、あとの四隻に乗った百八十八名は、海が恐いというだけの理由で端艇を捨て、流賊の出没する、水も草も一点の日蔭もないサハラ沙漠の中で、それぞれが生けるなりの姿であらゆる愚行を演じ、自分から悪運をひきだしていよいよ不幸を深めて行く。「君主」を書いたピェール・ミルはこういっている。
「どいつもこいつも、未練で、卑怯で、大嘘つきばかりだ。この百八十何人かのなかで、いくらか人間らしいやつは、豹に食いちぎられた細君の首のミイラを最後まで離さなかったゲランという軍曹だけだ。それも、どこまで真実なのかわかったものではない。好んで二人だけで独行していたので、誰も見たものはない。吐こうと思えば、どんな嘘だってつけるのだから」
 筏に乗った百四十九名の境遇もまた比類のないものであった。それほどの人間を乗せた、砲艦の一隻分ほどもある木材の巨大な結束が、うやむやのうちに自分らをサン=ルイ島まで運んで行ってくれるかも知れないという、放埓な夢想に耽りだしたところから悪運がはじまった。乗合のうちの百二十二名は、掠奪と放火をこの世の生甲斐にしている無智兇暴な外国人の傭兵の寄せ集めで、なおまた、わずか百人あまりの人間が瑞西、バヴァリヤ、伊太利、西班牙、プロシャ、リュクサンブルグ、セネガル黒人国と、十二以上のちがう国籍を持っていたというのも不幸なめぐりあわせであった。そういう雑多な素質が一つの筏の上に集約され、否応なく異常な現実に直面させられると、いったいどういうことが起るか、察しるに難くないのだが、漂流の第…

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