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うま
作品ID46177
著者佐左木 俊郎
文字遣い新字新仮名
底本 「佐左木俊郎選集」 英宝社
1984(昭和59)年4月14日
初出「新潮」1932(昭和7)年8月号
入力者田中敬三
校正者小林繁雄
公開 / 更新2007-08-10 / 2014-09-21
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 伝平は子供の頃から馬が好きだった。
「お父う! 俺家でも馬一匹飼わねえが? どんなのでもいいがら。」
 伝平はそう口癖のように言うのだった。
「馬か? 濠洲産の駒馬でもなあ。早ぐ汝が稼ぐようになって飼うさ。」父親はいつもそう言うだけであった。
「馬一匹飼って置くといいぞ。堆肥はどっさり採れるし、物を運ぶのにも楽だし……」
「そんなごとは汝に言われねえでも知ってる。併し、馬飼うのにあ、馬小屋からして心配しなくちゃなんねえぞ。早ぐ汝でも稼ぐようになんなくちゃあ、馬など、飼われるごっちゃねえ。」
 父親は、赤爛れの眼を擦りながら、そんな風に言うのであった。
 併し、伝平は馬を諦めることが出来なかった。伝平は父親の眼を偸むようにして[#「偸むようにして」は底本では「倫むようにして」]、他家の飼い馬の、飼料を採って来てやったり、河へその脚を冷やしに曳いて行ってやったりするのであった。部落の人達も、植付期とか収穫期とかの、農繁期になると、子供の馬方で間に合うようなときには、伝平をわざわざ頼みに来た。
       *
 伝平が稼ぐようになってからも、伝平の家では、馬を飼うことなどはとても覚束なかった。僅かばかりの田圃を小作しているのであったが、それだけではどうにも暮らしがつかないので、伝平はよく日傭に出された。そして伝平は、雀が餌を運ぶようにして、三十銭五十銭と持って帰るのであったが、その端金はまるで焼け石へじゅうじゅうと水を滴らすようなものであった。
「お母あ! 俺が日傭で取って来た銭だけは蓄めでてけれ。馬を買うのだから。」
 伝平はそんな風に言うのだった。
「蓄めで置きてえのは山々だどもよ。ふんだが、馬を買うのにあ、三月も四月も、飲まず食わずに稼がなくちゃなんめえぞ。馬も欲しいが、生命も欲しいから、なんとも仕方ねえよ。」
 母親は哀れっぽく言うのであった。伝平は仕方なく、そのまま日傭などを続けていたが、十八の歳の早春の、農閑期の間に、彼は突然いなくなってしまった。そしてそのまま半年ばかりは、どこへ行っているのか全然わからなかったが、秋になってから、初めて、硫黄山に働いていたことがわかった。併し、伝平は、それから間もなく、栗毛の馬を一匹曳いて自分の家に帰って来た。酷く痩せていて、尻がべっこりと凹んでいるよぼよぼの、廃馬も同様の老耄馬であった。それでもしかし、父親や母親を驚かすのには、それで十分だった。
「伝平! 汝あ、馬、買って来たのか?」
 父親は赤爛れの眼を無理矢理に大きく押し開けながら言った。
「金持って帰んべと思っていだども、あんまり安かったで、買って来たはあ。お父う! この馬は、こんで、何円ぐらいに見えるべ?」
「それさ。併し、幾ら安くたって、生きてる馬だもの、十円か十五円は出さねえじゃ……」
「十円か十五円? 何か言ってんだか! お父う等は、馬の、値段も…

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