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再度生老人
にとせろうじん
作品ID46180
著者佐左木 俊郎
文字遣い新字新仮名
底本 「佐左木俊郎選集」 英宝社
1984(昭和59)年4月14日
初出「宇宙」1928(昭和3)年9月号
入力者田中敬三
校正者小林繁雄
公開 / 更新2007-08-16 / 2014-09-21
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私が十一の頃、私の家の近所の寺に、焼和尚という渾名のお坊さんが住んでいた。私はこれから、この話を、その焼和尚のことから始めようと思う。……
 焼和尚は坊さんのくせに、大変女が好きだった。そして、彼の前身を知っている人の話によると、彼は、若い時分には盛んに発展し、やたらと女を買ったものだということだった。彼の頭が、薬罐のように、赤くてかてかと禿げているのも、実は焼傷の跡ではなくて、その頃に引き受けた悪い病気の名残りなそうである。それでも焼和尚は、私達には焼けてこうなったのだと言ってきかせるのだった。
 焼和尚は、一人で住んでいた。細君と、めっかち(眇)の息子とがあったが、この二人は半里ほどはなれた町に住ませて置いて、自分一人植木を弄ったり、軸物の観賞したり、彫りものを眺めたり、まるで退屈で困る顔をしているので、或る女――寺に虞美人草の種子を蒔くと檀家に死人が絶えないという伝説を信じている女――などは、「あの焼和尚め、誰か死ねばいいと思って、虞美人草の花を植えやがったから」と言って憤慨していた。
 併し彼は、決して死人の出るのを望んでいるのではなく、女の出来るのを望んでいたのだ。一つは自分が好きだからでもあろうが、その頃、村の小学校には、虞美人草の花を好きな女教員がいたから……。
 町からは折々彼の細君と眇の息子とがやって来て泊まって行った。細君というのは、ちいさな、乾枯らびた大根のような感じのする女で、顔中に小さな皺がいっぱいあった。そして右の頬には、年が年中、丸い一銭銅貨大の紙が貼ってあった。で彼女は、貼り紙おばと渾名されていた。――「おば」とは、寺の細君、また大黒との意。
 貼り紙おばは、寺に泊まっている間、毎晩のように、私の家まで湯に這入りに来たが、彼女は、一晩中べちゃべちゃと一人で饒舌っていた。話題は大抵、和尚の浮気で、やれどこの細君と関係しているとか、やれ小学校の女教員に、いくらいくらする掛け物をやったとか、一晩中そんな類の話を、幾晩も幾晩も繰り返していた。
 私達には、貼り紙おばの頬の丸い貼り紙が、珍しくもあり不思議でもあった。そして私達まで、彼女を真似て、丸い紙を頬に貼り付けたものだが、私は或る晩、彼女が風呂から出て来た時、彼女の頬に、穴があいているのを見つけた。
 彼女は、また、ふところから、ただの半紙を出して、爪で丸く切って頬に貼った。私には、今度は、その穴が不思議になった。女が、戦争に行って、鉄砲でうたれたのでもあるまいのに?…
「お父つあん。あのおばさまの、頬の穴は、なにしたのだべ?」
 私は彼女の帰った後で、父に訊いた。
「あれか? あれはな、あのおばさまは、黙っていられねえ性分だとや。そいつを、いつだか、黙ってねけなんねえごとがあって、饒舌ったくって饒舌ったくってなんねえのを、耐えてこれえていだら、話がたまって、頬が打裂けてしまった…

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