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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID46198
副題19 上野戦争当時のことなど
19 うえのせんそうとうじのことなど
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2006-10-01 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 慶応四年辰年の五月十五日――私の十七の時、上野の戦争がありました。
 今日から考えて見ると、徳川様のあの大身代が揺ぎ出して、とうとう傾いてしまった時であった。その時、何もかも一緒にいろいろなことが湧いて来る。先ほど話した通り、四時の循環なども、ずっと変調で、天候も不順、米も不作、春早々より雨降り続き、三、四月頃もまるで梅雨の如く、びしょびしょと毎日の雨で、江戸の市中は到る処、溝渠が開き、特に、下谷からかけ、根岸、上野界隈の低地は水が附いて脛を没し、往来も容易でないという有様であったが、その五月十五日もやっぱりびしょびしょやっている。たまに霽れたかと思えば曇り、むらにぱらぱらと降って来ては暗くなり、陰鬱なことであった。

 当時、師匠東雲の家は駒形町にありまして、私は相更らず修業中……その十五日の前の晩(十四日の夜中)に森下にいる下職の塗師屋が戸を叩いてやって来ました。私が起きて、潜りを開けると、下職の男は這入って来て、師匠と話をしている。
「師匠、どうも、飛んでもない世の中になって来ましたぜ。明日上野に戦争があるそうですよ。いくさが始まるんだそうで」
「何んだって、いくさが始まる。何処でね」
「上野ですよ。上野へ彰義隊が立て籠っていましょう。それが官軍と手合わせを始めるんだそうで。どうも、そうと聞いては安閑とはしていられないんで、夜夜中だが、こちらへも知らせて上げようと思って、やって来たんです。どうも大変なことになったもんだが、一体、どうすれば好いのか、まあ、そのつもりで皆で注意するだけは注意しなくちゃなりませんね」
など、いかにも不安そうに話している。
 やがて、下職は帰ったが、さて警戒のしようもない。夜が明けたら、また何んとかなろうなぞ師匠は私たちにも話しておられたが、ふと、上野で戦争ということで気が附いて困ったことは、ちょうど、そのいくさのあるという上野の山下の雁鍋の真後ろの処(今の上野町)に裏屋住まいをしている師匠の知人のことに思い当ったのであります。
 その人は師匠の弟弟子で杉山半次郎という人、鳳雲の家にて定規通り勤め上げはしたけれども、業がいささか鈍いため、一戸を構える所まで行かず、兄弟子東雲の手伝いとなって仕事をさせてもらっていたのでありました。師匠は、この半次郎のことを心配しだしたのであった。
「幸吉、半さんが山下にいるんだが、困るなあ」
「そうですねえ。半さんは、いくさの始まるってことを知ってるでしょうか」
「さればさ。あの人のことだから、どうか分らないよ。こっちが先に聞いた上は、一つ、こりゃ半さんに報告せて上げなくちゃなるまい。夜が明けたら、幸吉、お前は松を伴れて行って知らしてやってくれ、ついでに夜具蒲団のようなものでも持って来てやってくれ」
 こんな話でその夜は寝に就きましたが、戦争と聞いては何んとなく気味悪く、また威勢の好いことのよ…

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