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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID46201
副題22 徴兵適齢のはなし
22 ちょうへいてきれいのはなし
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2006-10-01 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 とかくする中、ここに降って湧いたような事件が起りました。
 明治六年に寅歳の男が徴兵に取られた。それはそれ切りのことと思って念頭にもなかった。その当時の社会一般に人民が政治ということに意を留めなかった証拠で、こういう事柄に関する世の中のことは一向分らぬ。もっとも徴兵令はその以前に発布されて新しい規則が布かれていたのであろうが、新聞といっても『読売』が半紙位のものであるかないかというような時代、徴兵適齢が頭の上に来ていることに私は気が附かなかった。
 ところが、明治七年の九月に突然今年は子歳のものを徴集るのだといって、扱所といったと思う、今日の区役所のようなものが町内々々にあって、其所から達しが私の処へもあったのです。なるほど当年二十三のものは子歳で、私は正にそれに当っている。何時何日に扱所に出頭して寸法や何やかやを調べるという布令である。これは大騒ぎ。今日から思うと迂闊極まることではあるが、今日とは物情大変な相違であるから、我々は実に意外の感。まず第一に親たちの驚き。夜もおちおち眠られぬという始末。また師匠の心配。私が兵隊に取られるとあっては、容易ならぬ事件。仕事の上からいっても、仕事先のこともあるから、今、私を取られては仕事その他種々差し支えがあるというので、当人の私よりも師匠がまず非常の心配をしました。
 そこでいろいろ調べて見ると、其所にはまた楽なことがある。いわば逃れ道があるのです。というは、総領は取らぬということです。私は事実は総領のことをしているが、戸籍の上では次男でありますから、この逃れ道は何んにもならない。私は兵隊に取られる方である。ところが、また、次男でも、親を一人持ち、戸主であれば取らぬという。それから、もう一つ、二百七十円政府へ上納すれば取らんというのです。
 それで、金銭のある人は金を出して逃れる道をした、その当時何んでもない爺さま婆さまが、思い掛けなく、金持の息子の養子親となって仕合わせをしたなどいう話があって、これを「徴兵養子」と称えたものです。毎年この徴兵令のことは打ち続いて行われるのだそうで、国家のため、さらに忌み嫌うべきことではないが、師匠の考えでは、幸吉がこれから三年の兵役を受けることになると、今が正に大事な所、これから一修業という矢先へ、剣付鉄砲を肩にして調練に三ヶ年の長の月日をやられては、第一技術の進歩を挫き、折角のこれまでの修業も後戻りする。親たちの心配もさぞかし。これは如何してもその抜け道を利用して何んとかこの場を切り抜けて始末をせんければならないと師匠東雲師が先に立って、いろいろ苦心をされ知り合いのうちにこんなことを引き受けて奔走する人があって、その人に相談をすると、次男なら仮りの親を立てれば好い。誰か仮りの親になる人がないかということであった。そこで師匠は直ぐに思い付き、
「それは格好な人がある。私の姉悦が、…

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