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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID46202
副題23 家内を貰った頃のはなし
23 かないをもらったころのはなし
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2006-10-04 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私の年季が明けると同時に、師匠東雲師はまず私の配偶者のことについて心配をしておられました。もっとも年の明ける前から心掛けておったようです。これは親たちも感じていたことでありましょう。母もその頃は大分弱っておりましたので、相当なものがあれば、早く身を固める方がよいと思っておったことと思われます。
 しかし、この方のことは私は至って暢気で、能く考えて見るほどの気もありませんでした。というは、両親が揃っていて、その上に家内を持つとなると、責任が三人になる。その上四人五人になることと思い、只今の自分の境遇として、経済上、それだけの責任を負うことは大分荷が重い。で、今の所、もう三、四年も働いて、いささか目鼻が明き、技倆も今一段進歩した時分、配偶者のことなど考えて見ても決して遅くはないと思っていたのであった。それに当時の自分では、本当に、自分としても、まだ自分の技倆が分らぬ。他人の中へ出て、いよいよ一本立ちとなった場合、どういう結果になるものか、どうか、まだ、今日の場合、浮々と配偶者のことなどに係わっていることは出来ないという考えであったのでした。
 けれども、師匠は私がどう考えているかは頓着もなく、いろいろ相当と思うような人を見つけて来たり、時には師匠の家へそうした人を置いたりしたこともあった。が、私は今申す通りだからさらに顧みず、師匠の志を無にしておった。
 徴兵のことも方附き、配偶者の話がしきりに師匠や師匠の妻君の口から出ますけれども、いずれも私は承知をしません。私は心の中で、とても、今の身で、うっかりした所から妻など貰えはしない。自分のような九尺二間のあばら家へ相応の家から来てくれてがあろうとも思わず、よしまた、あると仮定して上っ冠りするのはなお嫌。といって、つまらない権兵衛太郎兵衛の娘を妻にはこれも嫌なり。第一、母の面倒を見て手助けとなることが一番の大事な役目であるから、その注文にはまったものが、其所らにあろうとも思えず、また自分の取り前も考え、境遇を考えなどすると、全く配偶者のことなど脳中に置くがものはなかったのであった。
 ところが、その中に、ふと、一つの話があった。江戸彫刻師の随一人といわれた彼の高橋鳳雲の息子に高橋定次郎という人があって(この人は当時は研師であった。後に至って私はこの人と始終往復して死んだ後のことまで世話をした)、その妹にお清という婦人があった。師匠はこの婦人をどうかと私に相談をしました。高橋家は彫刻師としては名家であり、定次郎氏は私とは年来の知己で、性情伎倆ともに尊敬している人である。その人の妹娘というのであるから、私もむげに嫌というわけにも行かない。が、前申す通り境遇上、まだ妻を娶るに好都合という時機へも来ていないのであるから、私は生返辞をしていた。定次郎氏の家は神田富山町にあって、私も折々同氏を訪問し、妹の人とも顔は見知っている…

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