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裸婦
らふ
作品ID46231
著者小熊 秀雄
文字遣い新字旧仮名
底本 「新版・小熊秀雄全集第一巻」 創樹社
1990(平成2)年11月15日
初出「旭川新聞」1927(昭和2)年1月18日~23日
入力者八巻美恵
校正者浜野智
公開 / 更新2006-04-08 / 2014-09-18
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

    (一)

 或る雪の日の午後。
 街の角でばつたり、お麗さんらしい背をした女とすれちがつた。
 女は鼠色の角巻を目深に、すつと敏捷に身をかはしたので、その顔は見えなかつた。
 ――彼女だ、たしかにあの女にちがひない。
 私は断定した、同時にぎくりと何物かに胸をつかれた。
 彼女は雪路を千鳥に縫つて、小走りに姿を消してしまつた。
 ――あの女の素裸を見たことがあるのだ、勿論一物も纒はない、ほんとうの素裸さ。
 私は彼女の通り過ぎた後を振りかへつて、いひしれぬ優越感を覚えたのであつた。
 女達は実際美しい。
 着飾つた彼女達が、街をいりみだれて、配合のよい色彩の衣服をひるがへして往来してゐる姿は、まつたく天国だ。
 黒い雲がすつと走り、急に曇天となり、空の一角がピカリとひらめいたと思ふまに、何かゞくづれるやうな大音響がして、雲の中から大きな青い手が。
 爪の長い手が、ふいに現れ電光のやうに下界に流れた。
 そして手は、一時に彼女達の衣服を空に舞あげたとしたら、彼女達はどんなに狼狽することだらう。
 もぐらもちがお日様に眼を射られた時のやうに、あわてゝ下水溝の中へ悲鳴をあげて裸を隠すだらう。
 しかしそんな心配は不要だ。
 女達といふものは、実に油断のないものである。色情狂が電信柱の蔭から、彼女をおそつたとしても、彼女達は膝をすぼめて、べたりと地面にすわつてしまふだけの用意はいつでもできてゐるものである。
 ――彼女達は何故裸体をおそれるか。
 この問題は、色気のついた女達の口からは到底満足な答を得られない。
 そこで中には、質の悪い大人達が、この種類の質問を発して、子供達の口からたづねださうとする。これはよくあることだ。
 教育上よろしくないことだ。
 私の幼年時代、ある大人が
 ――××ちやんは、誰から生れたんだい、お母さんからだらう、お母さんの何処から産まれたの。
 私の顔を覗きこんだ、なんといふ卑怯な質問といふものだ。
 しかし私は、桃太郎が桃から生れたので
 ――坊も桃から生れたんだろ。
 とは答へなかつた。
 ――母ちやんの臍から産まれたんだ。
 小さい私は一言にかう答へて突放した。
 大人達は、私の口から満足な答を得られなかつたので、不服さうな顔をした。
 私はその当時、そんな問題に何の興味もなかつたのであつた。
 その問題よりも、
 ――どうしたらコマが長く廻つてゐることができるだらう。
 ――戦争ごつこの策戦。
 ――隠れん坊の誰も気づかない隠れ場所。
 かうしたことで小さな頭の中がいつぱいになつてゐた。
 私の答弁は、確に不満であつたらしい、しかし、子供達の答として上できとほめてやらねばなるまい。
 それに子供達は、妹や弟が生れる時にかぎつて、必ず追ひ出すやうに遊びにやられる。遊びからかへつて見ると、母親は、沢山積みかさねた布団の上に、…

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