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日記
にっき
作品ID46237
副題04 一九一七年(大正六年)
04 せんきゅうひゃくじゅうしちねん(たいしょうろくねん)
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第二十三巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年5月20日
入力者柴田卓治
校正者青空文庫(校正支援)
公開 / 更新2013-03-16 / 2014-09-16
長さの目安約 77 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一月一日
 今年は好い正月な筈だ――と云うと少し可笑しいが、三十一日までは、何となしにぎやかで、快い正月になりそうな心持がして居た。けれども、なって見ると少し違った。妙に皆の心の中に負けおしみのようなこだわりがあって、長閑なところが少ない。それは、云うまでもなく、くに[#国男]が警察から連れてこられて、あのはじの部屋にポツンとして居るからなのである。互に不調和な心持でいけない。
 夜になって、三組町の親類へやるに、俥が初出でいやがるからと云うので、私が坂本氏のところへ行った。まるで世界の違ったように、町中がしずかで、どっちかと云えば、陰気なほどである。元旦の夜よりは、大晦日の方が、活き活きして居て心持が、どんなにいいか分らない。
 坂本さんの島田は大変よく似合って、美くしく見えた。女の人は、あんな束髪なんかよりああ云う頭の方が、どんなにかいい。
 暫く話して帰りに『三太郎の日記』をいただいて来る。前からよみたいと思って居たので大変嬉しく思う。早速よんで見よう。
 帰るとすぐ、くにが出て行く。顔を見るのが辛いようだったので、奥へ行っこんで居た。ああして、不意に出て行く者に挨拶されるのは、たまらなく辛い。いやだ。何と云っていいか分らないからいやなのだ。何だか可哀そうだから、あの部屋へ行くのにさえ遠慮をして居たのに、当人は何とも思わないと云う程平気だときいて変な心持がした。
 此の元旦は、今までになかった心の経験をした。それは、此れから先の一年に対して、つよい愛惜を感じたことである。今年はいつものように、努力するとか、勉強するとか云う言葉が自分に許されないほどの緊張を感じて居る。十代の最後の一年に対してどの点から云っても、自分は忠実でなければならないと思うと、妙な哀感が湧いて来た。
 千葉先生から葉書を下すって、三日に御在宅だと云う。

一月二日
 珍らしく雪が降った。が、同じ白い雪にしても、東京の雪と、東北の雪の感じはまるで、違う。それは一方は、荒涼とした曠野に――山の峯から、向うの村の杉並まで見渡せる広い眼界に、一面かたくしめつけたおからのような雪が、降るのだから、全く圧迫される、愉快な感じはどこにもない。が、東京では、平常はどっちかと云えば、決して美くしいとは云われない瓦屋根や、ぼろな垣根やを、まるで、自分の庭丈に降るようにせまい、先ず、じき消えると云う感じを持たせられて居る白いものに降って来られると、かなり遊戯心を起させられる。決して子供に限ったことではない。風邪を引く心配さえなければ、私も雪達摩も作りたい。

一月三日
 午後から千葉先生のところへ行く。中西屋で、一寸気の利いたギジョーとかギチョーとか云うものを買って行ってあげる。小此木さんと鈴木さんと、うる間さんが来て居た。嬉しいような、いやなような心持がした。只話すには、いいが、少しいやなこともある。…

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