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日記
にっき
作品ID46238
副題05 一九一九年(大正八年)
05 せんきゅうひゃくじゅうきゅうねん(たいしょうはちねん)
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第二十三巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年5月20日
入力者柴田卓治
校正者青空文庫(校正支援)
公開 / 更新2013-03-23 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

十二月四日
 嵐のあとを追って、船が進むためか、噂に聞いた程船はあれない。
 ビクトリアを出て一夜立った今日も空は一面に明るく、水浅黄に晴れ渡って、船腹に当って散る波は、深い藍色の波頭に瞬間の美しい金色の虹をたてる。
 寒さに身を引きしめながら、何かたのしい、何か心のわくわくする気分で身を揺って居るように見える海は安逸な旅客をのせた小船をかこんで、さも愉快そうに見える。

 起きるとすぐ甲板を歩きながら、私はその平明な冬の海の上を、A[#荒木茂、宮本百合子の最初の夫]が同じあの足取りで、ポクポクと彼方に歩いて行く姿を眺める。
 其は只其那気がする丈なのではない、真個に見えるのだ。
 あの波止場の板敷の上を歩いて人にかくれ、荷にかくれて、段々小さくなって行った通りに、Aがポクポクと正面を見て歩きながら、ポツリと小さく消え去ってしまう。
 此の気分は、不思議な淋しさを誘う。思わずその線をながめてあのとき船で思ったようにもう一度振返って手を振ってくれればいいと云う心持がする。
 不思議な淋しさ、それに引かれて行くような心持のする淋しさ。カタカタと云う靴の踵の音まで、私にはするような心持がする。
 別離の苦痛は、私共にとって、互の理解に対して、決して運命の決定的なものではない。けれども、感情に於て圧える事の出来ない哀愁、それは感情的であるが故に、一層まとまりのないものであり、且つ、深いものである。
 愛し合った二人の人間が引分けられると云う事は、決して、点の如き感じを持って居るものではない。
 力を相互から発して引合う大きな二つの立体が相面した一面から、相吸引する磁力の、絶えざる牽引のもつ、希望と苦しみである。
 別れて居ても二人の愛に相変るべきものがないとは□りながら、その推理が全魂の信仰に至るまでの悲しく淋しい心持。

○船は二万頓位でありながら、荷船と云うので、船客のわりに荷が多い、
○婦人監督と云う人に会う、女学校の教師か舎監
○体の小さい、息を切って、気焔を吐く、妙に落付かない、不幸そうな婦人――婦人の進むべき道、本然への道。
○此を書いて居ると、荒木の事を何か云って居るらしい声がする。本質のよきものへの祈願
 生活の淋しさは、感情的と、理論的との動機を持って居るのではあるまいか
○人情で理会し合い得ても、プリンシプルに於て合一し得ない人の中に入っての生活は深い、淋しさを味わせる。
 Aを、miss する気持は、そう云う点から云っても深い。
○稲畑さんの御嬢さんは、ちっとも性的生活と云う事を知らない。結婚の当夜彼女の heart shock の多いことを思うと深い心持に成る。
 何にも知らないで良人を、どう思うか。
 性交と云う事をまるで知らないものの純けつさと大胆淫とうに見えるほどの純潔。感情生活の単純なときの理智的。

十二月六日
 午後五時頃
 丁度…

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