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日記
にっき
作品ID46239
副題06 一九二〇年(大正九年)
06 せんきゅうひゃくにじゅうねん(たいしょうきゅうねん)
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第二十三巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年5月20日
入力者柴田卓治
校正者青空文庫(校正支援)
公開 / 更新2013-10-02 / 2014-09-16
長さの目安約 47 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一月一日 木
 夜、一時間。
 家中が寝静まった、深い夜の沈黙の中に、此の日記の第一頁を書き始める。私の心の中には、今、殆ど言葉で云い表わせないような感動が漲って居る。総ての者のよき進展の為、総ての者への、豊饒な愛の収穫の為に私は祈を捧げよう。今日、私共を取繞んで居る生活が、常に何事をか欠いたものである事を痛感すればする程、祈願は深大なものに成るのではないだろうか。工藤次也氏が養子に行った先に就ての不幸な経験を話す。一人が一人の不幸を持つ。

一月二日 金
“捲起る旋風”に対する考えが、非常に内心を強く刺戟し始めた。今年は、する仕事をふんだんと云ってもよい程抱いて、何と云うありがたい新年を迎えた事だろう。新らしい生活に入った、新らしいレコードの一頁として、私は非常な緊張と感謝とに満たされずには居ない。然し、グランパ[#夫、荒木茂]と別にして居る一刻が、どんなに苦しいものであるか……。彼も遠い彼方で、よい新年を迎える事をのぞむ。松平氏と、笹川春雄君とが来る。沈黙家の松平君と、世間なれた、自信ある笹川氏との心を思う。岸田劉生氏の絵を、私が、醜に近いものとして或時は見る事に一致して居る。片多徳太郎氏のも……。
 人間の自信と云う事を思う。各自の生活と云う事も思う。

一月三日 土
 朝起こされる。お客様だと云うから、誰かと思って見ると、千枝子さんの名刺に、真個に喫驚した。此上もないよろこびのおどろきである。丸髷が美しい。レークジョージで貰った手紙で見たより、もっと幸福そうに、もっと楽しそうなのが安らかさを与える。どうぞ仕合せなように。坂本さんが帰ったあと、食堂に来ると、グランパから重い手紙が来て居た。嬉しい。真個にうれしい。何故だか真先に明けて見る気になれない。漸々、炬燵部屋まで持って来は来ても、早速読む気になれずに、幾度も幾度も、自分で妙だと思う程繰返して、My dearest love! と云う一字丈をながめる。見て居るうちに、グランパのあのいい眼が私の心の前でぴったりと眺め始めた。My dearest! 夜返事をかく。ダディーの手紙は、理智的で、何か心がつめたく成るようなものが在る。

一月四日 日
 夜、久しぶりでゆっくり種々の事を話す。私共の家の事、勿論其はまだ実行されるものではなくても、自分達の巣を、自分達の思うように飾って暮す事を思うと、何と云っても楽しい心の動きを抑える事が出来ない。
 午後、福井の人で、議員をして居る人が来て、グランパの父上が、私が急に帰った事を案じて、どうした訳か行って見てくれと云われたと云って来る。喧嘩でもしてにげて来たと思いでもされたのだろう。気の毒な、決して喧嘩なんかは致しませんから、御安心下さいませと御伝え下さいと返事をする。
 夜、北原白秋氏の、「よぼよぼ巡礼」をよむ。少しだらけた処はあるが、なかなかその心持はよい。あ…

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