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日記
にっき
作品ID46247
副題15 一九二九年(昭和四年)
15 せんきゅうひゃくにじゅうきゅうねん(しょうわよねん)
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第二十四巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年7月20日
入力者柴田卓治
校正者青空文庫(校正支援)
公開 / 更新2016-03-29 / 2016-01-12
長さの目安約 161 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

二月十二日
 もう三月八日からдом отдыха〔休息の家〕が開かれると新聞に出た。モスク[#挿絵]保健局直属の八つのдом、建物の手入れに270,000рかかる。
 二週間休む者に二十六留かける。今年は 108,000 人を収容する予定。

二月二十四日
 一昨日から右の目が変になった。しぱしぱして永くものを見て居られない。涙が出る。ホーさん湿布をして、二日何もよまずに暮した。その日の永さ!「永日小品」の情趣以上に永い。医者が今日はどうしました、退屈ですかと云った。
 もう臥ついてから四十八九日になる。戸外が厳寒で日光もなかった時分は、自分の体の動かないことについて苦痛も感ぜず、静かな心持であった。ところが、四五日前からめっきり日がのび夕方があるようになった。午後五時すぎまで夕暮の光がのこり出した。一月頃は朝も十二時近くやっと正面の壁の一部に雪明りめいた光線が風にゆれゆれうつった。明るい。同時に寒さがその揺れる光のなかにもあった。
 昨日今日は、八時に窓一杯の日光が流れ入る。日本の朝に似て、清らかに活々した太陽の光だ。自分は枕の上から、卓子の上を眺める。そこにアスパラガスの鉢は房々した細い叢葉の悉くを爽やかな日光に照らされ、宛然、生をよろこぶように新芽をのばして居る。美しいみものだ。自分の心の中にも動きたいのぞみが起る。起きたい。仕事をしたい。もう直き終るモスク[#挿絵]のモローズの雪に凍った街々を歩きたい。来年の冬、自分は雪のモスク[#挿絵]を見ることはないであろう。眼から、髪の毛から、手肢の皮膚から、わがモスク[#挿絵]を吸い込みたい。この慾望は性慾に似たものだ。
 外気は〇・二十度でも、早春が雪の下から感じられる。
 昨夜、窓のカーテンのすき間から月の光が寝て居る自分の毛布の上にさした。
           ――○――
 死ぬかもしれぬという心持のとき人間が扉わくの三段になったくりにさえ感じる愛。古田大次郎のあの心持に対する理解。

二月二十五日
 ○今日からソヴェートの選挙、十五日間つづく。
 ○夜、青年が、旗や提灯をつけて行列した。
 ○各工場、病院各[#挿絵]でделегат〔代議員〕とを出す、箇人勝手ではない。1000人
 ○病院の若い助手は医者でないのは、ビールジャ・トルダー〔職業紹介所〕でする、ベズラボートヌイ〔失業者〕と同じ。

三月十三日
 今日、山下さん立つ。Y、二四分居たきりでかえった。自分何だか不機嫌になった。

三月十四日(木)
 きのう、雪が降った。がぽったりした大きな柔かい雪であった。
 雪はまだ屋根の上にも樹の上にもあるが、風が出ると白雲が盛にながれた。水色の柔かい、軽い空が現れ、日の光がさし出した。窓に立って外を眺める。雨だれが落ちて居る。外科の屋根に二人雪かきの男が働いて居る。石炭をつんだ馬橇がつづいて三台来た。…

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