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作品ID | 46253 |
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副題 | 22 一九三八年(昭和十三年) 22 せんきゅうひゃくさんじゅうはちねん(しょうわじゅうさんねん) |
著者 | 宮本 百合子 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「宮本百合子全集 第二十四巻」 新日本出版社 1980(昭和55)年7月20日 |
入力者 | 柴田卓治 |
校正者 | 富田晶子 |
公開 / 更新 | 2018-07-23 / 2018-06-27 |
長さの目安 | 約 15 ページ(500字/頁で計算) |
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一月一日(土曜)小雨。
除夜の鐘を戸塚できいた。靄がこく柔かくこめている大晦日の晩で、カネ坊[#窪川稲子の家のお手伝い]をかえすのにもたしてやるものを買いに三人で八時頃伊勢丹へゆきベルがジリジリいうなかで私は帯、いね公は、S・F[#スフ]の羽織、その半エリそれぞれ買い、たかのに腰かけた。戸塚の街で私年来の宿望であるとその道具を買い、雑煮茶わんも五つ買う。「いいお年越しでございますこと!」こわいろで云って笑う。二十九日午後と午前とに内務省図書課ジャーナリズム関係者を呼び出して、中野、私、戸坂、岡、鈴木安蔵、堀真琴そのほかすべてで八名の名を云い、こういう人たちに書くなという権限のないのは御承知のとおりであるから、挙国一致の精神に賛成して、諸君自発的に云々という形で執筆禁止をした。或人がそういう人達の生活問題はどうなるのですかときいたら、そこまでは干渉しませんとか、それは権限外ですとか云った由。寿江子来て泊る。小雨ふり栄さん雑煮をたべに来て、おだやかな正月也、この家の近所門松なし。私たちにとって全く新しき年はじまる。忘れがたき年越し。一九三三年の暮と本年と。
〔欄外に〕
四時すぎてから三人で出て、日比谷へオーケストラの少女を見にゆく。ストコフスキーという者の指揮ぶりを見てハハンと思う。ああいうのは一種のパントマイムであって、あの位の演奏者の技術がなければストコフスキー存在出来ない。あの気どりかた! 一種の大俗物である。かえりに林町へまわりシャケをたべて来る。
一月二日
〔発信〕第一信。こういう内容の第一信とはMも予期していなかったであろう。
起きて下に降りたら栄さんもう大分あみものをすすめている。けさはパンをたべる。それから私はすこし手紙をかく。お礼や鶴公の就職にやら。すぐ夕方になって、一寸郵便を出しにゆき、夕飯。そして栄さんかえる。もう風呂に入ってねようとしているときバラさん高島田でやって来る。手拭をもって。ひさよろこんでいる。入毛をかりる約束などしている。十一時すぎかえる。シュトルムの「みずうみ」をよむ。一寸よろし。
やはり念頭をはなれぬのはいかに生活すべきかということである。勉強の方法とテーマとはありあまる。それにはこまらない。だが、どうして金をとってゆくか。この問題の解決は容易でない。又生活の形をどうするかということも。林町の裏へ家を建てさせてそこに住む。――フム。しかし、この時期の生きかたが実に実に名状すべからざるほど大事であるからくさりかかる危険に近づくことは出来ない。床に入って考えて、いろいろ考えて、うとうととなって電気を消してねた。
一月三日(月曜)曇
講座の方の原稿はどうするのかと思っていたら敏氏より手紙。稲は新潮へ小説をもって行ったらリストに名がないのに楢崎氏すっかりあやまってしまった由。情を知ってトク名でも何でものせたら編輯者を…