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日記
にっき
副題25 一九四一年(昭和十六年)
25 せんきゅうひゃくよんじゅういちねん(しょうわじゅうろくねん)
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第二十五巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年7月30日
入力者柴田卓治
校正者富田晶子
公開 / 更新2019-02-13 / 2019-02-22
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

七月○日
 今年の暑気は大変にこたえるように思う。みんながそう云う。
 八百屋へ行ったら、まだ午後三時ごろだのに、がらがらんで、青じそ少々、人参少々、玉ねぎというようなものばかりがのこっていて胡瓜なんか、ひどいへぼが三四本台の上にころがっているばかりだ。「あしたは公休日の前日だから、いい時間にいらっしゃらないと何にもありませんよ」

七月○日
 ○ちゃんが愈[#挿絵]明日出発。朝東京からその弟へあてて、手紙が速達で来た。のこしてゆく若い細君[#宮本友子]に筆まめに手紙を書くように、良人からのたよりこそ留守の妻への唯一の慰めと励しなのだから、他人に気兼ねをしたりするなどはいらないことだ。むずかしいことを書くには及ばず、様子がわかるようにさえあればいいのだからと云う意味が、生活経験によってもうためされたつよい明るい実感をもって語られている。
 その手紙を私も見せて貰う。そして、その文章にこめられているおのずからなつよい響を、妻として自分の胸の裡につたえながら二階へ上って来た。
 八畳の方へ、お客用の白レースのテーブルかけをかけて机が出ている。この部屋は、○ちゃんの婚礼のとき、内輪の披露にお客をしたりしたせいか、何年間もこわれたままになっていた床の間の横連子も新しくこしらえられ、電燈のかさも、奇麗な透し入りの新しいのになっている。
 机の前に坐っていると、目に入るのは、六畳の方の窓からの外へ杉木立、夏雲、村の牛乳屋の細い煙突、二つ三つの藁屋根と、その傍にゆれている薄叢。その窓のある部屋のつき当りの壁いっぱいに大きい箪笥と、牡丹模様のついた新式長持とがはめこんだように並べられている。どっちにも紫の房が垂れて、いかにも若く初々しい花嫁の道具という風情である。
 こういう若妻と生れて三ヵ月にならないくりくりした男の児[#宮本輝、達治・友子の長男]とをお母さん[#宮本美代、顕治の母]の許へのこして、再度の出発をひかえている○は、自分たちの生活にもたらされている新鮮な愛情のために軽薄であり得なくなっている物腰で、義弟のそのような姿は私の心に様々の思いもおこさせる。
 兄は良人である弟に度々たよりをおこたるな、と云ってよこしている。だけれども、妻である若いお嫁さんは、いつでも自由に手紙をかく時間をもっている日々の暮しだろうか。
 それこれ考えながらそのお道具の紫の房を眺めていたが、○ちゃんの机というものが家のどこにもないことに心付いて、何か駭然とした。
 こんなに道具や着物がそろえられてある。でも机は一つも持っていない。親たちも、こっちのお母さんも本人さえも其を怪しんでいない。女の生活とは、どういうものだろう。こんな若い、こんな素直な娘が、自然のときにしたがって妻となり、自然のときに従って子の母となってゆく。だけれども、祖母さんとお母さんとがそれは持たずに嫁入って来たとおり机…

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