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![]() きのう・きょう・あす |
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作品ID | 46299 |
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著者 | 織田 作之助 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本織田作之助全集 第五巻」 文泉堂出版 1976(昭和51)年4月25日 |
初出 | 「キング 三月号」1946(昭和21)年3月 |
入力者 | 桃沢まり |
校正者 | 小林繁雄 |
公開 / 更新 | 2007-05-28 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 25 ページ(500字/頁で計算) |
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昨日
当時の言い方に従えば、○○県の○○海岸にある第○○高射砲隊のイ隊長は、連日酒をくらって、部下を相手にくだを巻き、○○名の部下は一人残らず軍隊ぎらいになってしまった。
彼は蓄音機という綽名を持ち、一年三百六十五日、一日も欠かさず、お前たちの生命は俺のものだという意味の、愚劣な、そしてその埋め合わせといわん許りに長ったらしい、同じ演説を、朝夕二回ずつ呶鳴り散らして、年中声が涸れ、浪花節語りのように咽を悪くし、十分毎にペッペッと痰を吐き散らしていた。が、彼は部下の顔を痰壺の代りに使うという厄介な病気を持っていた。もっとも、彼が部下の顔へ痰をひっ掛けるのは、機嫌のわるい時に限っていた。が、彼には機嫌の良い時は殆んどなかったから、彼の不幸な部下の中で「蓄音機の痰壺」になることを免れた幸福な兵隊は一人もいなかった。
なお、彼は部下の顔を痰壺にする代りに、その痰壺の掃除をしてやるといわん許りに、彼の手を部下の顔へ持って行ったが、しかしその掃除のやり方は少し投げやりで乱暴であったから、かなり大きな音を立てた。彼は祭りの太鼓の音のように、この音が気に入っていたらしく、彼自身太鼓たたきになったような気になったのか、この音楽的情熱を満足させるために、鼻血が出るまで打ち続けるのであった。
そして、この太鼓打ちの運動で腹の工合が良くなるのか、彼は馬のようにくらった。鯨のように飲んだのは勿論である。
もっとも、彼は部下の余興を見なければ、酒が咽へ通らないという奇病を持っていたから、その鯨のような飲酒欲を満足させるためには、兵隊たちは常に自分の隠し芸をそれぞれストックして置く必要があった。
余興の中で、隊長を喜ばせるのは、何といってもまず浪花節であった。
「浪花節をやれ、浪花節だ。浪花節をやらんか。何ッ? やれない。貴様のような奴は兵隊の屑だぞ!」
そして、隊長は浪花節はおろか何一つ隠し芸のない彼の所謂「兵隊の屑」には、
「何にも出来んけりゃ、逆立ちして歩いてみろ!」
と、命じたが、彼に言わせると、
「浪花節は上手な程よろしい。逆立ちは下手な程よろしい」
隊で逆立ちの一番下手なのは、大学出の白崎恭助一等兵だったから、白崎は落語家出身で浪花節の巧い赤井新次一等兵と共に、常に隊長の酒の肴になっていた。
おかげで、白崎は大学で覚えたことをすっかり忘れてしまうくらい、毎日逆立ちをやらされ、赤井は本職の落語を忘れてしまうくらい、毎日浪花節を唸らされて、いわば隊長の肴になるために、応召したようなものであった。
しかし、彼等は隊長の酒の肴になるためにのみ応召したのではない。――というのは、つまり隊長に言わせれば、
「お前たちは俺の酒の肴になると同時に、俺の酒の肴の徴発もしなければならんぞ」
という意味なのである。
言いかえれば、赤井、白崎の二人は、浪花節、逆立ちを或い…