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誤まれる姓名の逆列
あやまれるせいめいのぎゃくれつ
作品ID46333
著者伊東 忠太
文字遣い旧字旧仮名
底本 「木片集」 萬里閣書房
1928(昭和3)年5月28日
初出「東京日日新聞」1926(大正15)年2月
入力者鈴木厚司
校正者しだひろし
公開 / 更新2007-12-02 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       一 姓名の由來と順位
 わが輩はかつて『國語尊重』と題して、わが國固有の言語殊に固有名の尊重せらるべきゆゑんをのべた。今またこれに關聯して、わが國民の姓名の書き方について一言したいと思ふ。
 わが國の姓名の發生發達の歴史はこゝに述べないが、要するに今日吾人の姓と稱するものは實は苗字といふべきもので、苗字と姓と氏とはその出處を異にするものである。
 姓は元來身分の分類で、例へば臣、連、宿禰、朝臣などの類であり、氏は家系の分類で、例へば藤原、源、平、菅原、紀などの類である。
 苗字は個人の家の名で、多くは土地の名を取つたものである。例へば那須の與一、熊谷の直實、秩父の重忠、鎌倉の權五郎、三浦の大介、佐野の源左衛門といふの類である。
 昔は苗字は武士階級以上に限られたが、維新以來百姓町人總て苗字を許されたので、種々雜多な苗字が出現し、苗字を氏とも姓とも呼ぶ事になつて今日にいたつたのである。
 わが國固有の風俗として家名を尊重する關係上、當然苗字を先にし名を後にし、苗字と名とを連合して一つの固有名を形づくり、これを以て個人の名稱としたので、苗字を先にするといふことに、歴史的意味の深長なるものがあることを考へねばならぬ。
 東洋民族は概して苗字を先にし名を後にするの風習である。支那人はその適例である。
 ヨーロツパでもハンガリーなどでは即ちマギアール族で東洋民族であるから、苗字を先にし、名を後にする。
 西洋では家よりも個人を尊重するの風習から出たのか否かよく知らぬが、概して姓を後にし名を先にする。
 ジヨージ・ワシントン。ジヨン・ラスキン。ジエームス・ワツト。ペーテル・ペーレンス。バウル・ゴーガンなどの類で、前名は即ち個人のキリスト教名後名は即ち家族名である。
 印度は地理上東洋に屬するが、民族がアールヤ系であるから、矢張り名を先にし姓を後にする。ラビンドラナート・タゴールといへば、前名は即ち個人名で、後名のタゴールは家名である。
       二 歐風模倣の惡例
 現今日本では、歐文で通信や著作や、その他各種の文を書く場合に、その署名に歐米風にローマ字で名を先に姓を後に書くことにしてゐるが、これは由々しい誤謬である。小さい問題のやうで實は重大なる問題である。
 わが輩の名は伊東忠太であつて、忠太伊東ではない。苗字と名とを連接した伊東忠太といふ一つの固有名を二つに切斷して、これを逆列するといふ無法なことはない筈である。
 個人の固有名は神聖なもので、それ/″\深い因縁を有する。みだりにこれをいぢくり廻すべきものでない。
 然るに今日一般にこの轉倒逆列を用ゐて怪しまぬのは、畢竟歐米文明渡來の際、何事も歐米の風習に模倣することを理想とした時代に、何人かゞ斯かる惡例を作つたのが遂に一つの慣例となつたのであらう。
 今更これを改めて苗字を先にし名を後にするにも…

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