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妖怪研究
ようかいけんきゅう
作品ID46337
著者伊東 忠太
文字遣い旧字旧仮名
底本 「木片集」 萬里閣書房
1928(昭和3)年5月28日
初出「日本美術」1917(大正6)年
入力者鈴木厚司
校正者しだひろし
公開 / 更新2007-12-06 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       一 ばけものの起源
 妖怪の研究と云つても、別に專門に調べた譯でもなく、又さういふ專門があるや否やをも知らぬ。兎に角私はばけものといふものは非常に面白いものだと思つて居るので、之に關するほんの漠然たる感想を、聊か茲に述ぶるに過ぎない。
 私のばけものに關する考へは、世間の所謂化物とは餘程範圍を異にしてゐる。先づばけものとはどういふものであるかといふに、元來宗教的信念又は迷信から作り出されたものであつて、理想的又は空想的に或る形象を假想し、之を極端に誇張する結果勢ひ異形の相を呈するので、之が私のばけものゝ定義である。即ち私の言ふばけものは、餘程範圍の廣い解釋であつて、世間の所謂化物は一の分科に過ぎない事となるのである。世間で一口[#ルビの「くち」は底本では「くに」]に化物といふと、何か妖怪變化の魔物などを意味するやうで極めて淺薄らしく思はれるが、私の考へて居るばけものは、餘程深い意味の有るものである。特に藝術的に觀察する時は非常に面白い。
 ばけものゝ一面は極めて雄大で全宇宙を抱括する、而も他の一面は極めて微妙で、殆ど微に入り細に渉る。即ち最も高遠なるは神話となり、最も卑近なるはお伽噺となり、一般の學術特に歴史上に於ても、又一般生活上に於ても、實に微妙なる關係を有して居るのである。若し歴史上又は社會生活の上からばけものといふものを取去つたならば、極めて乾燥無味[#「乾燥無味」は底本では「乾燦無味」]のものとなるであらう。隨つて吾々が知らず識らずばけものから與へられる趣味の如何に豊富なるかは、想像に餘りある事であつて、確[#ルビの「たしか」は底本では「たかし」]にばけものは社會生活の上に、最も缺くべからざる要素の一つである。
 世界の歴史風俗を調べて見るに、何國、何時代に於ても、化物思想の無い處は決して無いのである。然らば化物の考へはどうして出て來たか、之を研究するのは心理學の領分であつて、吾々は門外漢であるが、私の考へでは「自然界に對する人間の觀察」これが此根本であると思ふ。
 自然界の現象を見ると、或[#ルビの「あ」は底本では「ある」]るものは非常に美しく、或るものは非常に恐ろしい。或は神祕的なものがあり、或は怪異なものがある。之には何か其奧に偉大な力が潜んで居るに相違ない。此偉大な現象を起させるものは人間以上の者で人間以上の形をしたものだらう。此想像が宗教の基となり、化物を創造するのである。且又人間には由來好奇心が有る。此好奇心に刺戟せられて、空想に空想を重ね、遂に珍無類の形を創造する。故に化物は各時代、各民族に必ず無くてならない事になる。隨つて世界の各國は其民族の差異に應じて化物が異つて居る。
       二 各國のばけもの
 ばけものが國によりそれ/″\異なるのは、各國民族の先天性にもよるが、又土地の地理的關係によること非常に大である。…

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