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処刑の話
しょけいのはなし
作品ID46343
原題In der Strafkolonie
著者カフカ フランツ
翻訳者大久保 ゆう
文字遣い新字新仮名
入力者大久保ゆう
校正者
公開 / 更新2006-05-18 / 2014-09-18
長さの目安約 60 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「こいつがまた、いい機械なんです。」
 旅人にそう言って、将校は、もう知りつくしたはずの機械を、あらためてほれぼれと眺めた。
 ただの義理だった。
 旅人は司令官に頼まれて、しぶしぶ来ていた。一人の兵士が、不服従と上官侮辱で処刑されるから、立ち会ってほしい、と。
 この流刑地でも、この処刑に対する関心は低いようだった。
 荒れ果てた深い谷の底に、小さな場所があった。周りの斜面には草が一本も生えていなくて、谷底に将校と旅人と囚人。
 囚人はぼんやりとしていた。大きな口に、汚れるにまかせた顔と髪。
 隣にはもう一人兵士がいて、重そうな鎖を握っていた。囚人の首、手首、足首には小さな鎖がくくりつけられてあって、それぞれをつなげる鎖がまた別にあり、最後に兵士の持つ重い鎖にまとめられていた。
 しかし、囚人は犬のようにおとなしくしていたので、鎖を外して、この谷間の斜面で勝手に走り回らせても、処刑執行の際に口笛さえ吹けば、帰ってくるにちがいなかった。
 旅人はこの機械にあまり関心がなく、囚人の後ろを何とはなしにただぶらぶら歩いていた。
 一方、将校は最後の準備にとりかかっていた。地面にしっかりとりつけられた機械の下にもぐったり、梯子に登って、上の部分を調べたりした。
 機械工にでもまかせればいいことだったが、将校自らが熱心に取り組んでいた。それはこの機械に思い入れがあるからかもしれないし、何か他の人にはまかせられない理由でもあるのかもしれない。
「準備完了!」
 そう言って将校は、ようやく梯子を下りてきた。ひどく疲れた様子で、口を大きく開けて息をついた。薄い婦人用のハンカチを二枚、軍服の衿と首の間に押し込む。
「その軍服、この熱帯ではおつらいでしょうね。」
 旅人が言った。将校は機械のことを聞いてくれると思っていたのだが、
「いかにも。」
 そう返すと、将校は手についた油やグリスを、用意しておいたバケツの水で洗い落として、すぐに言葉を付け加える。
「しかし、この軍服は祖国も同様。祖国を失いたくはありませんので。さぁ、ぜひ、この機械をご覧ください。」
 手を布でぬぐいながら、機械の方を示した。
「手がかかるのはここまでで、あとはみんなこの機械がひとりでにやってくれます。」
 旅人はうなずいて、将校の後ろにつづいた。
 将校は、何も問題が起こらないよう念入りに機械を点検する。
「もちろん故障もします。今日は起こってほしくありませんが、それでも備えは必要です。この機械は、連続十二時間動作しつづけてくれないと困るんです。たとえ故障が起こったとしても、たいていはささいなことで、すぐ修理できるのですけどね。」
 そこまで言うと、将校が「お掛けください。」と、積み上げられた籐椅子の山から、ひとつ引き出して、旅人の前に置いた。
 旅人は断りきれず、しぶしぶ坐った。
 ちょうど前に穴のある…

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