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なよたけ
なよたけ
作品ID46361
著者加藤 道夫
文字遣い新字新仮名
底本 「美しい恋の物語〈ちくま文学の森1〉」 筑摩書房
1988(昭和63)年2月29日
初出「三田文学 四・五月号、六月号、七・八月号、九月号、十・十一月号」1946(昭和21)年5月~10月
入力者桃沢まり
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2007-01-07 / 2014-09-18
長さの目安約 166 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

『竹取物語』はこうして生れた。
世の中のどんなに偉い学者達が、どんなに精密な考証を楯にこの説を一笑に付そうとしても、作者はただもう執拗に主張し続けるだけなのです。
「いえ、竹取物語はこうして生れたのです。そしてその作者は石ノ上ノ文麻呂と云う人です。……」


 人物
石ノ上ノ綾麻呂
石ノ上ノ文麻呂
瓜生ノ衛門
清原ノ秀臣
小野ノ連
大伴ノ御行
讃岐ノ造麻呂(竹取ノ翁)
なよたけ
雨彦
こがねまる
蝗麻呂
けらお
胡蝶
みのり
衛門の妻(声のみ)
陰陽師
侍臣
その他平安人の老若男女大勢

合唱隊
(舞台裏にて、低い吟詠調にて『合唱』を詠う。人数は少くとも三十人以上であること)

 時
今は昔、例えば平安朝の中葉


  第一幕

例えば平安京の東南部。小高い丘の上。丘の向う側には広大な竹林が遠々と連なっているらしい。前面は緩い傾斜になっている。
ある春の夕暮近く――
舞台溶明すると、中央丘の上に、旅姿の石ノ上ノ綾麻呂と、その息子文麻呂。
遠く、近く、寺々の鐘が鳴り始める。
夕暮の色がこよなく美しい。

綾麻呂 さあ、文麻呂。時間だ。
文麻呂 なぜです、お父さん。まだです。
綾麻呂 ――聞いてごらん。(鐘の音)……あれは寺々が夕方の勤行の始まりをしらせる鐘の音だ。御覧。太陽が西に傾いた。黄昏が平安の都大路に立籠め始めた。都を落ちて行くものに、これほど都合のよい時刻はあるまい。このひととき、家々からは夕餉の煙が立上り、人々は都大路から姿をひそめる。その名もまさに平安の、静けき沈黙が街々の上を蔽うている……
沈黙。あちこちから静かに鐘の音。
人目をはばかる落人にとっては、これこそまたとない機会だ。うっかりしていると、すぐ夜の帳が落ちかかるからな。暗くならない内に、私は国境いを越して、出来ることなら、今夜のうちに滋賀の国のあの湖辺の町までは何とかして辿りついてやろうと思っている。おや! あそこの善仁寺ではもう勤行を始めたらしい。……文麻呂、やっぱり時間だよ。
文麻呂 大丈夫ですよ、お父さん。まだ大丈夫です。第一、この頃の坊主達のやることなんて何が当てになるもんですか? 勤行の時間なんて出鱈目ですよ、お父さん。どこか一ヶ所でいい加減にやり出すと、あっちの寺でもこっちの寺でもみんな思い出したように、ただ無定見に真似をして鐘を鳴らし始めるだけです。正確の観念なんかこれっぽっちだって持合わせてはいないんですからね。お父さんとの大切な別離の時間が坊主の鐘の音で決められるなんて、そんなことって……僕ぁ、……僕ぁ悲しいな。(鐘の音)……でも、もうそんな時間なのかしら、一体? (間)ねえ、お父さん。もう少しぐらいいいじゃありませんか? これっきり、もう何年も逢えないんだと思うと、やはり僕は名残り惜しくてしかたがありません。もう少しお話しましょうよ。ねえ、お父さん、もう少し居て下さい…

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