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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID46398
副題30 身を引いた時のことなど
30 みをひいたときのことなど
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2006-10-07 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 さて、これから後の始末をつける段となるのでありますが、急に師匠に逝かれては、どうして好いか方角も付きません。しかし相更らず仕事だけはやらねばならぬから、まずこの方のことを引き締めて掛かることにしました。
 ここでちょっと思い出しましたが妙なお話がある。それは師匠が生前丹精して寛永通宝の中から、俗に「耳白」という文銭を選り出しては箱に入れて集めておられ、それが貯り貯りして大変な量になっていたのを、蔵の中にある穴蔵の中へ入れてありました。それを奥の人たちが師匠歿後早々取り出し調べて見ると、勘算してちょうど五十円ほどありました。一文銭の五十円ですから、随分大した量、ちょっとどうするにも困るようなわけでありましたが、ちょうど彼の亀岡氏から用立てて頂いた葬式費用の五十円という借用の方へ、亀岡氏の望みでその文銭五十円でお払いを済ましたようなことがありました。亀岡氏は、師匠生前永の歳月を丹精して集められたもの故、自分はこれを神仏へのお賽銭に使用するつもりである。師匠の供養ともなるであろうと申されていたのを聞いて、私は涙ぐましく思ったことがありました。
 師匠の仮初の楽しみが、偶然葬式の料となったことなども考えて見れば妙なことと思われます。

 また或る日のこと、亀岡氏は私に向い、
「師匠没後の高村家の一切は、君が当面に立ってやってもらわねばならぬ。この事も未亡人にも私から話してあるから、そのつもりで万事を遠慮なくやってくれるよう。政吉はあの通りの人であるから、決して当てにせぬように」
との事であった。そして亀岡氏は高村家のために或る組織の下に店の業務を取り計らおうなどいわれたこともあったが、そういうことは私などもまだ智識が足らぬ時分で能く分りもせず、そのことはそれ切りで実現はしませんでした。そして私は寿町の宅から(堀田原から寿町へ転居)毎日通い、仕事の方のことをやっておったのでありますが、いかに私が表面に立って師匠没後の仕事を取り扱う責任を持つとはいえ、私は一個の手間取りでありますから、高村家の後事について一家の内事にまで指図をするというわけには参らず、甚だ工合の悪い立場に立ったのであった。

 それで、私はまず専念仕事の方のことを処理するが何よりと、従来よりも一層仕事の上に忠実を尽くし、すべての注文の上に手一杯念入りにして、東雲師没後の彫刻に一層好評を得るよう心掛けました。これは、店の寂れることを用心するには、注文の品を手堅く念入りにして、一層華客場の信用を高めることが何よりと感じたからであった。しかるに、私の考えと、政吉の考えとは、どうも一致いたしませんで、政吉はまず差し当りの儲けを見て行くという意見で、たとえば私が下職の方の塗師の上手の方へやろうというのでも、政吉は安手の方の塗師重で済まして、手間を省こうという遣り口。しかし昼間はすべて私が積りをして、これこれの目…

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