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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID46401
副題34 私の守り本尊のはなし
34 わたしのまもりほんぞんのはなし
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2006-10-10 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 さて、五体の観音は師匠の所有に帰し「まあ、よかった」と師匠とともに私は一安心しました。しかし、私にはここで一つの希望が起りました。私は、数日の後、師匠に向い、その望みを申し出でました。
「師匠、あの観音五体の中で一体を私にお譲り下さいませんか。私はそれを自分の守り本尊として終生祭りたいと思うのです。もっともお譲り下さるならば、師匠がお求めになった代を私はお払いしますから」
 私は思い切ってこういいました。
 私がそれを熱望した心持は、最初百観音が灰にされるということを聞いて、嘆き悲しみ、懐かしみ、惜しみした心持と少しも変りはないのでありました。
 こう私に望まれて見ると、師匠は五体揃っているのですから、何んとなく手放しにくいような容子が見えましたが、元々私がこの事件には先鞭を附けている手柄もあることを師匠も充分承知していることだから、
「そうか。それは譲って上げてもよい。だが、いったい、何の観音をお前は望むんだね」
 こういって師匠はその中で特に精巧に刻まれてある細金の一体を取り上げ、
「これを欲しいというのかね」
といいました。
「いいえ、私のおねだりするのはそれではありません。これです」
 私の撰み取ったのは、松雲元慶禅師のお作でした。
「そうか。それを欲しいのか。じゃ、譲ってやろう。お前が一生祭って置くというのなら……」
 師匠は快く私の請いを容れてくれました。で、私は一分二朱を現金で払った時の嬉しさといってはありませんでした。
 もうこの元慶禅師のお作のこの観音は私の所有に帰したのだと思うと、心が躍るようでした。私は喜び勇んでそれを我が家へ持って帰りました。

 それから、私は、右の観音を安置して、静かにその前に正坐りました。そして礼拝しました。多年眼に滲みて忘れなかったその御像は昔ながらに結構でありました。
 けれども、お姿に金が附いていたためにアワヤ一大御難に逢わされようとしたことを思うと、金箔のあるのが気になりますから、いっそ、この木地を出してしまう方が好いと思い、それから長い間水に浸けて置きました。すると、漆は皆脱落れてしまい、膠ではいだ合せ目もばらばらになってしまいましたから、それを丁寧に元通りに合わせ直し、木地のままの御姿にしてしまいました。これはお手のものだから格別の手入れもなしに旨く元通りになりました。そうして、それを私の守り本尊として、祭りまして、現に今日でも私はそれを持ち続けている。
 私は観音のためには、生まれて以来今日までいろいろの意味においてそのお扶けを冠っているのであるがこの観音様はあぶないところを私がお扶けしたのだ。これも何かの仏縁であろうと思うことである。

 さて、師匠の所有の四体の観音は、その後どうなったかというに、一つは浅草の伊勢屋四郎左衛門の家(今の青地氏、昔の札差のあと)、一体はその頃有名だった酒問屋で、新…

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