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「香水の表情」に就いて
「こうすいのひょうじょう」について
作品ID46403
副題――漫談的無駄話――
――まんだんてきむだばなし――
著者大手 拓次
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆48 香」 作品社
1986(昭和61)年10月25日
入力者土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2006-11-04 / 2014-09-18
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

ライオン歯磨本舗・広告部 悪の華

    一

 季節は移つてきて、香水の欲しい初夏となつた。シヨウ・ヰンドウにも、美しい香水の瓶や、香水吹きが列べられる。デパートの香水売場で、若い婦人だちの香水撰択の情景が繁くなる。
 けれど、香水の複雑した表情に就いては、割合に無関心であるらしい。香水の表情とは、香水の良否の見分け方以外のことです。香気のもつれに出る細かい幻想の糸の織り成す感情の展開のことです。例へば、五月の表情を持つ香水もあり、六月の表情を持つものもあり、又は月光の表情を持つものもあり、霧の明方の表情を持つのもある。または、十七歳の少女の表情、廿歳の青年の表情、街の妖婦の表情、微風の表情、求愛の表情、青き夢の表情、水の流れの表情、森林の真昼の表情、処女の肌の表情、蛇の眼の表情、海のさざなみの表情、輝く指の表情、風にゆらぐ牡丹の表情、草間にかくれる苔花の表情、アメチストの表情、ゴールドン・サフアイヤの表情、ヂルコンの表情等数へきれないほどである。
 例へば、坊間行はれてゐるロジアアの赤箱などは、さしづめ、散りかかつた紅薔薇のやうな甘い媚の表情を持つてゐる。だから、この香水には、すこしばかりの濁りがある。清澄さは無い。けれど、この表情を理解して用ゐれば申分ない。
 香水も、英国製、米国製などは、何といつても、フランス製品には及ばない。何故及ばないかといふに、この表情美の線が甚だ以て粗いからだ。フランス製の香水の表情の線を処女のうぶ毛とすれば、その他の外国製品は、極細の絹糸ぐらゐのものだ。寧ろ国産品の香水に、なかなか良い品があるのは喜ばしいことだ。
 フランス製品は、あるか無しかの、おぼろげなさを特長としてゐる。それほど迄に、リフアインされてゐるのだ。その表情の線を掴まうとしても、掴めないほどの柔かさを具へてゐるのだ。さはらうとすれば、逃げてゆくやうに思はれる頼りなさのところに評価しても評価しきれない貴重さが存する。
 コテイーの香水のロリガン・エメロード巴里なども、この表情を巧につくりあげてある。
 アリスの「夜の花園」「目を閉ぢて」「心のなかの愛」「最初の承諾」なども、全くこの表情を生かしてゐる。単なる花の香水、ジヤスマン、リラ、ローズ、ヒヤシンス、シプル、シクラメン等も、その表情がそれぞれ違つてくる。
 同じホワイト・ローズでも、コテイーのと、ウビガンのとでは、その表情が非常に異つてゐる。「森林の香」とか、オリエンタル・ブウケエなどは、比較的男性向な表情をもつてゐる。リラなどは、極めて低く一般的意味で若き婦人向の表情だ。
 一体、表情といふのは、その香気が、あまい、かたい、やわらかい、にがい、くせがある。素直だ、強い、弱い、ふるい、新しい、あらい、こまかい、永く保つ、保たない、遠くへきく、遠くへきかない等といふ現実なものの見分け方の上に、更に、さうい…

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