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街の子
まちのこ
作品ID46441
著者竹久 夢二
文字遣い新字新仮名
底本 「童話集 春」 小学館文庫、小学館
2004(平成16)年8月1日
入力者noir
校正者noriko saito
公開 / 更新2006-08-02 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 それは、土曜日の晩でした。
 春太郎は風呂屋から飛んで帰りました。春太郎が、湯から上って着物をきていると、そこの壁の上にジャッキイ・クウガンが、ヴァイオリンを持って、街を歩いている絵をかいた、大きなポスターが、そこにかかっているのです。

               十二月一日より
ジャッキイ・クウガン 街の子
               キネマ館にて

と書いてあるのです。それを見た春太郎は、大急ぎで帯をぐるぐる巻きにして、家へ飛んでかえりました。
 春太郎は、ジャッキイ・クウガンが大好きで、ジャッキイの写真はたいてい見ていました。だからもう今では、ジャッキイの顔を見ると、長い間のお友達のような気がするのでした。
「お母様、いってもいいでしょうねえ」
 春太郎はそう言って、お母様にせがみました。
「でも一人ではいけませんよ。お姉様とならいいけど」
「うん、じゃあお姉様と、ね、そんならいいでしょう」
 春太郎はお姉様のとこへ飛んでいって、たのみました。
「お母様は、行ってもいいっておっしゃったの?」
「ええ、お姉様とならいいって」
「じゃ、行ってあげるわ」
「うれしいな、これからすぐですよ」
 春太郎は、お姉様につれられて、キネマ館へゆきました。二階の正面に坐って、ベルの鳴るのを待っていました。
 しばらくすると、ベルが鳴って、ちかちかちかちかと、フィルムの廻る音がしだしたかとおもうと、ぱっと、ジャッキイの姿が、眼のまえにあらわれました。ぱちぱちぱちと、春太郎も思わず手をたたきました。
「ここに、カリフォルニアの片田舎に、ひとりの少年がありました。その名を……」
 と弁士がへんな声を出して、説明をはじめました。春太郎は、弁士の説明なんかどうでもいいのでした。ただ、ジャッキイが出てきて、笑ったり、泣いたり、歩いたり、坐ったりすれば、それだけで十分いいのでした。ジャッキイが泣くときには、春太郎も悲しくなるし、笑うときには、やはりうれしくなって笑いだすのでした。
 ジャッキイのお母様が死んでから、ジャッキイは、育てられたお祖父さんお祖母さんに別れて、お母様の形見のヴァイオリンを、たった一つ持ったままで、街へ出てゆきました。
 ちょうど、これはクリスマスの晩のことで、立派な家の窓から暖かそうな明りがさして、部屋のまん中には、大きなクリスマス・ツリーが立っていていい着物をきた子供たちは、部屋の中を飛廻っていました。ある家の食堂の方からは、おいしそうな御馳走の匂がしているのでした。
「ぼくには、何にもないや。お家も、クリスマス・ツリーも、御馳走も。お父様も、お母様もないや、なんにも、ないや」
 ジャッキイはとぼとぼと歩きました。そのうちお腹はへってくるし、寒さはさむし、そのうえ雪がだんだん降りつもって、道もわからず、それに一番わるいことは、どこへいったらいいか、ジ…

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