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五右衛門と新左
ごえもんとしんざ |
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作品ID | 46450 |
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著者 | 国枝 史郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「蔦葛木曾棧」 桃源社 1971(昭和46)年12月20日 |
初出 | 「大衆文芸 第一巻第一号」1926(大正15)年1月 |
入力者 | 伊藤時也 |
校正者 | 伊藤時也、小林繁雄 |
公開 / 更新 | 2007-04-30 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 22 ページ(500字/頁で計算) |
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一
「大分世の中が静かになったな」
こう秀吉が徳善院へ云った。
「殿下のご威光でございます」
徳善院、ゴマを磨り出した。
「ところが俺は退屈でな」
「こまったものでございます」
「趣向は無いか、変った趣向は?」
「美人でもお集めになられては?」
「少々飽きたよ、実の所」
「それに淀殿がおわすので」顔色を見い見いニタリとした。
「うん淀か、可愛い奴さ」釣り込まれて秀吉もニタリとした。
後庭で鶴の声がした。
色づいた楓の病葉が、泉水の中へ散ったらしい。
素晴らしい上天気の秋日和であった。
「趣向は無いかな、変った趣向は?」
秀吉は駄々をこね出した。
「さあ」
と云ったが徳善院、たいして可い智慧も出ないらしい。
トホンとして坐わり込んでいる。
「ほい」
と秀吉は手を拍った。「あるぞあるぞ珍趣向が!」
「ぜひお聞かせを。なんでございますな?」
「茶ノ湯をやろう、大茶ノ湯を」
「なんだつまらない、そんな事か」心の中では毒吐いたが、どうして表面は大恭悦で、ポンと額まで叩いたものである。
「いかさま近来のご趣向で」
「場所は北野、百座の茶ノ湯」
「さすがは殿下、大がかりのことで」
合槌は打ったが徳善院、腹の中では舌を出した。「へへ腹でも下さないがいい」
「ふれを廻わせ! ふれを廻わせ!」
秀吉は例の性急であった。
「大供が悪戯をやり出したわい。さあ忙しいぞ忙しいぞ!」徳善院は退出した。
×
石田治部少輔、益田右衛門尉、この二人が奉行となった。
「さる程に両人承て人々をえらび、茶ノ湯を心掛けたる方へぞ触れられける。大名小名是を承はり給ひてこは珍敷々々面白きご興行かな、いかにとしてか殿下様へ、お茶をば申べき、望ても叶べき事ならず、かゝる御意こそ有難けれと、右近の馬場の東西南北に、おの/\屋敷割を請取て、数奇屋を立てられける」
こうその頃の文献にあるが、これはとんでもない嘘なのであった。みんなは迷惑をしたのであった。
「さて、和漢の珍器、古今の名匠の墨跡[#「墨蹟」は底本では「黒蹟」]、家々の重宝共此時にあらずばいつを期すべきと、我も/\と底を点じて出されける」
これは何うやら本当らしい。
秀吉の御感を蒙って、高値お買上げの栄を得ようか、お目に止まったに付け込んで、献上して知行増しを受けようかと、そういうさもしい心から、飾り立て並べたものらしい。
「さる程に時移りて、已に明日にもなりしかば、秀吉公仰せられけるは、一日に百座の会なれば、天あけてはいかがかとて、寅の一天よりわたらせ給ふべきよし、仰出されけり。お相伴には、玄以法印、法橋紹巴をめされける」
これも将しく其の通りであった。
「大小名のかこひの前なる蝋燭は[#「蝋燭は」は底本では「臘燭は」]、たゞ万燈に異ならず、百座の会なれば、いかにも短座に見えにけり」
こ…