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都会の類人猿
とかいのるいじんえん
作品ID46461
著者牧 逸馬
文字遣い新字新仮名
底本 「世界怪奇実話Ⅰ」 桃源社
1969(昭和44)年10月1日
初出「中央公論 第四十五年第一號五百四號 新年特輯號」中央公論社、1930(昭和5)年1月1日
入力者A子
校正者mt.battie
公開 / 更新2024-06-29 / 2024-06-24
長さの目安約 48 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 一九二六年二月十四日に、桑港サタア街一一三七番居住の Miss Clara Newman という六十三歳になる独身の老婆が、表て通りの窓に、「貸間あり」の紙札を出した。
 これは、亜米利加の都市の素人家町を歩いていると、よく見かける看板で、一尺四方程の厚紙に綺麗に“Room to Let”と書いたのを、正面の応接間などの、往来から眼に付き易い窓硝子の内側へ立て掛けて置くのだ。すると、貸間探しの通行人が、それを見て、玄関の鈴を押す。主婦か娘が応対に出て、部屋を見せるために、直ちに其の何処の何者とも知れない男を二階なり三階なりの奥まった個処へ案内する。客は、アメリカで間借りをしようという位いだから、学生、労働者、下層店員、外国人などの、比較的社会的責任の稀薄な、言わば風来坊が多い。日中である。家の主人は勤めに出ていない。のみならず、他人を置いて幾らかの足しにする家だ。未亡人か何かで女許りのところが尠くない。こう考えて来ると、この、「貸間あり」の札で通行人を呼び込む習慣には、早晩或る種の犯罪を助長しなければならない、充分な危険性を約束するものがあったと言わざるを得ない。
 クララ・ニュウマンの絞殺死体が、姪によって同家屋根裏の便所で発見されたのは、貸間ありの札を出してから六日目の、二月二十日の夕方だった。同女は、手をもって頚部を扼殺され、便器の水中に顔を突っ込んで死んでいて、しかも明白に暴行を受けていた。この、六十三歳の老婆を暴行致死せしめた事実から観て、検視に立会った係官一同は、犯人は変態性慾者に相違ないという当然の意見に一致したのだった。
 時を移さず其の筋の活動は開始されたが、物的証拠と目すべき何等の遺留品なく、この捜査は実に困難を極めた。同家は、被害者と姪と女中の、男気のない三人暮らしで、犯行の推定時間には、女中は買物に出て留守だったし、姪は、伯母のクララが、貸間の下検分に来た男を案内して、愛想よく階上へあがるところを、廊下の端の台所の戸口からちらと瞥見しただけで、遠くもあり、ほんの瞬間の観察に過ぎなかったので、その人相着衣等に関する記憶は、殆んど皆無と言ってもいいほど、漠然として薄弱なものだった。他に、信拠するに足る手懸りは一つもなかった。
 すると、それから丁度十日経った三月二日に、桑港に近いサン・ノゼ町で、再び同じような事件が勃発した。被害者は、ロウラ・ビイル夫人―― Mrs. Laura E. Beale ――という、矢張り六十三歳の老婆で、それも「貸間あり」の札を出して、犯人はそれを見て這入って来たのだ。クララ殺しで、加州中が大騒ぎをしている最中に、全く符節を合するような同一事件が再発したのだから、加州民の恐怖と激昂は頂点に達して、なかには、狼狽てて貸間札を引っ込める家さえ出て来た。この時も、死因は扼殺、顕著な暴行の跡があり、ビイル方の真…

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