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肉屋に化けた人鬼
にくやにばけたじんき
作品ID46462
著者牧 逸馬
文字遣い新字新仮名
底本 「世界怪奇実話Ⅰ」 桃源社
1969(昭和44)年10月1日
初出「中央公論 第四十五年第八號五百十一號」中央公論社、1930(昭和5)年8月1日
入力者A子
校正者mt.battie
公開 / 更新2024-10-01 / 2024-09-30
長さの目安約 43 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「こら、何故お前はそんな所に寝ているんだ」
 フリッツ・ハアルマンが斯う声を掛けると、古着を叩き付けたように腰掛けに長くなって眠っていた子供が、むっくり起き上った。独逸サクソニイ州ハノウヴァ市の停車場待合室は、電力の節約で、巨大な土窖のように暗い。ハアルマンは透かすようにして子供の顔を見た。一九一八年十一月二十三日の真夜中だった。霙を混えた氷雨が、煤煙を溶かして、停車場の窓硝子を黒く撫でている。大戦後間もなくのことで、広い構内には、火の気一つないのだが、それでも、拾い集めた襤褸片や紙屑等で身体を囲って、ベンチにぐっすり寝込んでいたフリイデル・ロッテは、突然呶鳴り付けられて喫驚※[#「てへん+発」、118-上-13]ね起き乍ら、ははあ、刑事だな。警察へ引っ張られて保護とか言う五月蝿い目に遭わないように、例ものように此処で謝罪って終おうと、十二歳の少年だったが、浮浪児に特徴の卑屈な、そして、既う職業的になっている笑顔を作って、その、自分を覗き込んでいる男を見上げた。それは、少年の微笑と言うよりも、娼婦が、誰にも教えられずに何時の間にか体得する、手法的な媚びに近かった。それ程、フリイデル・ロッテは、悩艶と言って好い位いの美少年だったので、起したフリッツ・ハアルマンの方が驚いた。
「何うしたんだ。お前、家はないのか」
 彼は少年の肩を掴んで荒々しく揺すぶりながら、顔はにやにや笑っていた。この、本篇の主人公、ハノウヴァ市の肉屋フリッツ・ハアルマン―― Fritz Haarmann ――は、まず何よりも先に稀代の男色漢だったのだ。
 Saxony の Hanover 市から、ライプツィヒの方へ少し南下した所に Weetzer という小都会がある。Friedel Rothe は、このウィイツェル町のピアノ調律師ラインハルト・ロッテの息子だった。其の珍らしい美貌が禍して、性来少からず不良性を帯びていたかも知れないが、この十二歳の少年の性格を破壊したのは、矢張りあの大戦だった。町の壮青年は全部出征する。フリイデルの父親もその一人だ。戦争という国家興亡の非常時に際して、日常の徳律は些少しか云為されない。フリイデルは何時しか不良少年の群に投じて、ハノウヴァを中心に放浪生活を続けていた。ハノウヴァは、地図で見ても判る通り、伯林、ハンブルグ、ブレイメン、ドュッセルドルフ、ケルン、フランクフルト、ライプツィヒ等、四通八達の鉄道線路が網の目のように集まっている中点である。欧洲大戦の直後、此市の停車場のプラットフォウムと待合室は、日に何回となく各方面からの列車によって吐き出される避難民と浮浪者の大群で、名状す可からざる混雑を呈していた。或る者は炊事道具を持込んで停車場で生活している。或る者は遊牧の民に還元して、停車場を足溜りに家族を引き伴れて食を漁る。そしてその大部分は、全国的な食糧…

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