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モンルアルの狼
モンルアルのおおかみ
作品ID46479
著者牧 逸馬
文字遣い新字新仮名
底本 「世界怪奇実話Ⅰ」 桃源社
1969(昭和44)年10月1日
入力者A子
校正者mt.battie
公開 / 更新2024-06-29 / 2024-06-24
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 モンタヴェルンの森の小径に、顔と頭部に六個処の傷を負って全身血染れの若い女の屍体が横たわっていた。衣服は糸のように引裂かれて裸体に近く、下半身は土塊枯枝等で覆われ、顕著な暴行の痕跡が見られた。屍体の傍らに、手巾一枚、当時仏蘭西の女性間に流行していた糊の付いた洋襟、小型の聖書、黒笹絹の婦人帽、黄革の女靴一足などが散乱して、前夜の雪が解けて、水から引上げたように濡れていた。これらの所持品を手懸りに間もなく判明したところに依ると、被害者はマリイ・バダイユ。二十二歳。三日前まで附近の里昂市で女中奉公をしていた。
 田舎から人が来て、今直ぐ移れるようなら、自分の近処にもっと好い口があるから世話してやろうと言われて、里昂の働き先から逃げるように暇を取って出掛けたのだと言う。
 現場は、森を貫いている本道から鳥渡傍へ外れたところで、樫の老樹の根元に潅木が生い繁っている。滅多に人の行く場処ではない。発見したのは、このモンタヴェルンの森の向側に別荘を有っている馬耳塞の衣裳屋マリアンヌ・カミイル夫人、猟犬を馴らしに出て見つけたのだ。
 二月八日のことで、中部仏蘭西に粉のような雪が落ちたり止んだりしている。


 昔から人気が荒いので有名なモンルアル地方である。これから初まって六年間、同じような犯罪がこの界隈に繰り返された。


 里昂から瑞西のジェネヴアへ出る所謂ジェネヴア街道、これに沿って、里昂から十二哩のところに、モンルアルと言う小さな宿場がある。伝説的に評判の宜くない町で、ヴァルボンヌの丘に立っている。遠くからでも、屋根の高い白壁の建物が二つ、陽に光っているのが見える。「大きな危険の家」、「小さな危険の家」という物騒な屋号の二軒の酒場だ。中世以来、山窩街道の追剥、胡麻の蝿などの集会所で、殺したり殺されたり、凡ゆる悪いことの巣窟だった。周囲一帯は不毛の地、人家も稀である。古綿を詰め込んだように、深い暗い森が、丘も谷も覆い尽している。


 里昂市に、これも矢張り女中で、マリイ・カルトという女があった。このマリイ・カルトが、一寸気になる話しを提げて現れた。
 殺されたマリイ・バダイユが里昂の主家を出た同じ日である。一人の見知らぬ田舎者がカルトの許へやって来てバダイユに言ったと同じことをいってカルトを田舎へ誘い出そうとした。田舎の自分の相識が至急に女中を探している。非常に好い条件だからこれから直ぐ一緒に来ないかというのだ。カルトは三月四日まで現在の家に居る約束だったので、それ迄に考えて置こう。その時未だ空いていたら、改めて世話を頼もうと答えると、男は重ねて奨めもせず、失望したように首を振り乍ら立ち去って行ったが、こうしてカルトに断られたので、彼は代りにバダイユに当ってみたのだろう。そしてそれが成功したという訳なのだろう。
 カルトのところへ来た男というのは、五十前後、何…

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