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ロウモン街の自殺ホテル
ロウモンがいのじさつホテル
作品ID46495
著者牧 逸馬
文字遣い新字新仮名
底本 「世界怪奇実話Ⅰ」 桃源社
1969(昭和44)年10月1日
入力者A子
校正者林幸雄
公開 / 更新2010-12-15 / 2014-09-21
長さの目安約 34 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 ホテル・アムステルダムの女主人セレスティンは、三階から駈け降りて来た給仕人の只ならぬ様子にぎょっとして、玄関わきの帳場から出て来た。
 巴里人らしい早口で、
「何をあわてているんです、ポウル」
 給仕人のポウルは、これも巴里人らしく鷹揚に眼を円くして、
「三階の十四号室へ朝飯を運んで行ったんですが、扉が固く閉まっていて、いくら叩戸しても返事がないんです」
「三階の十四号?――ああ、ウィ・ウィ! あの、英吉利の紳士さんでムッシュウ・テイラアふうむ、眠ってでもいるんだろうよ。ポウル、一緒に来て御覧」
「何て世話の焼ける英吉利人だろう!」――と、舌打ちをした女将セレスティンは、ぐいと女袴の膝を掴むと、先に立って階段を昇って行った。自分で起そうというのだ。
 が、何時も早起きで、几帳面なテイラアである。今朝に限って何うしたというのだろう? 何か間違いがなければいいが――と、うっすらした不安を感じながら、やがて三階、十四号室の前である。
 成程、割れるようにノックしても、室内はしいんとしている。内部から鍵が掛っているのでマダムは、髪ピンを鍵穴へ差込み、鍵を向うへ落して置いて、自分の持っている親鍵でドアを開けた。
 同時に、恐しい叫び声が女将の口を走って、彼女は、背後に続くポウルの腕へ倒れ掛った。凄惨な光景が室内に待っていたのだ。発見者二人は、部屋へ這入るどころか、一眼見るが早いか其の儘逃げるように階段を転げ落ちて、すぐ附近の警察へ電話をかける。ロウモン街の分署からモウパア警部が、直ちに部下を引き連れて駈けつけて来た。ジェリィ菓子のように顫えているマダム・セレスティンの案内で、一行は跫音を鳴らして三階へ跳び上る。マダムは呼吸を切らして呶鳴りつづけていた。
「Il est mort, il est mort ――死んでるんですよ! 死んでるんですよ!」
 一九〇六年、十月八日の午前十時頃だった。
 巴里のロウモン街に、オテル・ダムステルダム――アムステルダム・ホテルというのがあった。所有主は変ったが、同じ名前で今でもやっている。英国の宝石商ブルウス・テイラアが、南阿弗利加から巴里へ来て、このホテルへ止宿ったのは、事件の起る三日前の十月五日だった。テイラアは、南阿産の金剛石を巴里の市場へ捌きに来た者で、仕上げしたダイヤや、まだカットしない砿石やらを、石ころか何ぞのように無造作に紙に包んで身体中のポケットに押し込んでいた。不注意なようだが、これが一番安全な携帯法で、彼は寝る間も洋服を脱がなかった。つまりダイヤモンドと、文字通り起居を緒にしていた訳である。
 部屋は、表三階の十四号室、二つの窓がロウモン街の往来を見下ろしている、広い、小綺麗な寝室だった。ブルウス・テイラアは仏蘭西語を話さないので、あまり外出もしない。秋の巴里は重く曇って、ともすれば黒い雨が通り過ぎる。テ…

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