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フランソア・コッペ訪問記
フランソア・コッペほうもんき |
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作品ID | 46498 |
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著者 | 堀口 九万一 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「日本の名随筆74 客」 作品社 1988(昭和63)年12月25日 |
入力者 | 土屋隆 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2006-12-01 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 16 ページ(500字/頁で計算) |
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僕が詩人フランソア・コッペをマンドルの田舎に訪問したのは、十月の晴々した日であつた。僕は以前からこの別荘の名は知ってゐたし。また誰が尋ねて行つても歓迎されると云ふことも、聞いてゐた。新聞記者などがコッペの閑居『苺園』の事を語る時にはいつも愉快さうな調子で話してゐたので。
……そこで僕達は出発した。僕達といふのは学友のシャルル・ブノワが同行したからである。ブノワはコッペの縁戚で且つ今日の往訪は予ねて先生に打合せ済みだつた。午前十時にヴァンセンヌの停車場から出発した。遠方の田舎へでも旅行するやうな意気込みで出掛けたのだつた。而して実の処マンドルは巴里近郊――日曜日には女優や女店員などが愛人と手を携へて散歩したり、学生などが短艇を漕いだり、その路傍には香の高い花が植ゑてあつたり、遠くには高い塔が見えたりなどして、宛然芝居の書き割のやうな巴里の近郊――とは全く趣を異にした処である。マンドルは百姓家が散らばつてゐて、馬糞肥料が積んであつて、群鶏が土をほじくつてゐる本当の田舎村である。而して村はづれの旅宿の看板には今尚、古式に則つて柊の枝が結び付けてある。
何とか云ふ小さな駅(名を忘れた)で下車し、僕達は左の方へ二キロメートル程の道を歩いた。道はよく耕やされた畑の間を通つてゐた。暫くすると、ひどく大きな門の前に出た。而して大きな樹の枝は垣根越しに外にのしかかつてゐた。僕達は『苺園』へ著いた。呼鈴を鳴らすとざくざくと砂の上を歩く足音と、犬の高吠えが聞えた。脣頭に微笑を浮べた、この家の主人公コッペ先生が門を開けて呉れたのだ。而して直ぐに愉快げに握手した。見ると、先生の身装は、全く田舎の猟夫其のままの身仕度である。小さい筋目の付いた天鵞絨の胴衣を着て、氈帽を目深かに冠むつてゐ、ただ猟夫としては猟銃と獲物袋とを持つてゐないのが物足らぬ位である。併し猟夫になるにはコッペ先生は余りに獣類を愛し過ぎた。先生はその邸内に色々な獣類を飼つて置くので、まるで動物園のやうだつた。而して先生は一々それを僕達に紹介した。第一番が詩人の愛犬トリッフである。この犬は、「ジユールナール」紙に連載された。コッペの愛情の溢るる計りの詩の本尊で、その写真迄も新聞に掲げられて広く名の知られた犬である。次ぎはベラといふ名の牝山羊。而して其の次ぎがプチー。ルールーでこれはアンネット嬢さんのお気に入りの猫である。
僕達が漸く其の広々した庭園を(処々秋の木の葉の散つてゐる)――眺め始めた時に……十二時が鳴つて、昼飯の食卓に就く時刻が来た。啻さへ秋は僕達の食慾をそそるのに、況して沢山な御馳走で……我々は遠慮なく腹一ぱいに頂戴した。コッペ先生の食慾は僕達程ではないので、シガレットを吹かしながら何かと雑談……
僕は今日始めて詩人の話振りを聞いて、ものを書くコッペと、話をするコッペとがひどく懸け離れてゐる事に気が付…