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『田舎教師』について
いなかきょうしについて
作品ID46594
著者田山 花袋
文字遣い新字新仮名
底本 「田舎教師 他一編」 旺文社文庫、旺文社
1966(昭和41)年8月10日
入力者林幸雄
校正者松永正敏
公開 / 更新2007-05-31 / 2014-09-21
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私は戦場から帰って、まもなくO君を田舎の町の寺に訪ねた。その時、墓場を通りぬけようとして、ふと見ると、新しい墓標に、『小林秀三之墓』という字の書いてあるのが眼についた。新仏らしく、花などがいっぱいにそこに供えてあった。
 寺に行って、O君に会って、種々戦場の話などをしたが、ふと思い出して、「小林秀三っていう墓があったが、きいたような名だが、あれは去年、一昨年あたり君の寺に下宿していた青年じゃないかね」
「そうだよ」
「いつ死んだんだえ?」
「つい、この間だ。遼陽の落ちた日の翌日かなんかだったよ」
「かわいそうなことをしたね、何だえ、病気は?」
「肺病だよ」
「それは気の毒なことをしたね」
 私はその前に一二度会ったことがあるので、かすかながらもその姿を思い浮かべることができた。私は一番先に思った。「遼陽陥落の日に……日本の世界的発展のもっとも光栄ある日に、万人の狂喜している日に、そうしてさびしく死んで行く青年もあるのだ。事業もせずに、戦場へ兵士となってさえ行かれずに」こう思うと、その青年、田舎に埋もれた青年の志ということについて、脈々とした哀愁が私の胸を打った。つづいて、『親々と子供』の中の墓場のシーンが眼に浮かんできた。バザロフとはまるで違ってはいるけれども……。
 私は青年――明治三十四五年から七八年代の日本の青年を調べて書いてみようと思った。そして、これを日本の世界発展の光栄ある日に結びつけようと思い立った。ことに、幸いであったのは、その小林秀三氏の日記が、中学生時代のものと、小学校教師時代と、死ぬ年一年と、こうまとまってO君の手もとにあったことであった。私はさっそくそれを借りてきて読んだ。
 この日記がなくとも、『田舎教師』はできたであろうけれども、とにかくその日記が非常によい材料になったことは事実であった。ことに、死一年前の日記が……。
 この日記は、あるいはこの小林君の一生の事業であったかもしれなかった。私はその日記の中に、志を抱いて田舎に埋もれて行く多くの青年たちと、事業を成しえずに亡びていくさびしい多くの心とを発見した。私は『田舎教師』の中心をつかみ得たような気がした。
 日記は、その死の前一日までつけてある。もちろん、寝ながら、かつ苦みながら書いたろうとおぼしく、墨もうすく、字も大きなまずく書いてあるけれども……。私はそれを見て泣きたいような気がした。遼陽の攻略の結果を、死の床に横たわって考えている小さなあわれな日本国民の心は、やがてこの世界的光栄をもたらしえた日本国民すべての心ではないか。
 それに、舞台が私の故郷に近いので、いっそうその若い心が私の心に滲みとおって感じられるように思われた。日記を見てから、小林秀三君はもう単なる小林秀三君ではなかった。私の小林秀三君であった。どこに行ってもその小林君が生きて私の身辺についてまわってきてい…

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