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蛙のゴム靴
かえるのゴムぐつ
作品ID46600
著者宮沢 賢治
文字遣い新字新仮名
底本 「新編風の又三郎」 新潮文庫、新潮社
1989(平成元)年2月25日
入力者蒋龍
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-12-23 / 2014-09-21
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 松の木や楢の木の林の下を、深い堰が流れて居りました。岸には茨やつゆ草やたでが一杯にしげり、そのつゆくさの十本ばかり集った下のあたりに、カン蛙のうちがありました。
 それから、林の中の楢の木の下にブン蛙のうちがありました。
 林の向うのすすきのかげには、ベン蛙のうちがありました。
 三疋は年も同じなら大きさも大てい同じ、どれも負けず劣らず生意気で、いたずらものでした。
 ある夏の暮れ方、カン蛙ブン蛙ベン蛙の三疋は、カン蛙の家の前のつめくさの広場に座って、雲見ということをやって居りました。一体蛙どもは、みんな、夏の雲の峯を見ることが大すきです。じっさいあのまっしろなプクプクした、玉髄のような、玉あられのような、又蛋白石を刻んでこさえた葡萄の置物のような雲の峯は、誰の目にも立派に見えますが、蛙どもには殊にそれが見事なのです。眺めても眺めても厭きないのです。そのわけは、雲のみねというものは、どこか蛙の頭の形に肖ていますし、それから春の蛙の卵に似ています。それで日本人ならば、ちょうど花見とか月見とか言う処を、蛙どもは雲見をやります。
「どうも実に立派だね。だんだんペネタ形になるね。」
「うん。うすい金色だね。永遠の生命を思わせるね。」
「実に僕たちの理想だね。」
 雲のみねはだんだんペネタ形になって参りました。ペネタ形というのは、蛙どもでは大へん高尚なものになっています。平たいことなのです。雲の峰はだんだん崩れてあたりはよほどうすくらくなりました。
「この頃、ヘロンの方ではゴム靴がはやるね。」ヘロンというのは蛙語です。人間ということです。
「うん。よくみんなはいてるようだね。」
「僕たちもほしいもんだな。」
「全くほしいよ。あいつをはいてなら栗のいがでも何でもこわくないぜ。」
「ほしいもんだなあ。」
「手に入れる工夫はないだろうか。」
「ないわけでもないだろう。ただ僕たちのはヘロンのとは大きさも型も大分ちがうから拵え直さないと駄目だな。」
「うん。それはそうさ。」
 さて雲のみねは全くくずれ、あたりは藍色になりました。そこでベン蛙とブン蛙とは、
「さよならね。」と云ってカン蛙とわかれ、林の下の堰を勇ましく泳いで自分のうちに帰って行きました。

        *

 あとでカン蛙は腕を組んで考えました。桔梗色の夕暗の中です。
 しばらくしばらくたってからやっと「ギッギッ」と二声ばかり鳴きました。そして草原をぺたぺた歩いて畑にやって参りました、
 それから声をうんと細くして、
「野鼠さん、野鼠さん。もうし、もうし。」と呼びました。
「ツン。」と野鼠は返事をして、ひょこりと蛙の前に出て来ました。そのうすぐろい顔も、もう見えないくらい暗いのです。
「野鼠さん。今晩は。一つお前さんに頼みがあるんだが、きいて呉れないかね。」
「いや、それはきいてあげよう。去年の秋、僕が蕎麦団…

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