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茶話
ちゃばなし |
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作品ID | 46623 |
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副題 | 10 昭和三(一九二八)年 10 しょうわさん(せんきゅうひゃくにじゅうはち)ねん |
著者 | 薄田 泣菫 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「完本 茶話 下」 冨山房百科文庫、冨山房 1984(昭和59)年2月28日 |
初出 | 「女性」1928(昭和3)年5月1日<br> 「サンデー毎日」1928(昭和3)年8月19日<br> 「キング」1928(昭和3)年11月1日 |
入力者 | kompass |
校正者 | 仙酔ゑびす |
公開 / 更新 | 2014-11-10 / 2014-10-13 |
長さの目安 | 約 9 ページ(500字/頁で計算) |
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慈善家
5・1
女性
男といふものは、郵便切手を一枚買ふのにも、同じ事なら美しい女から買ひたがるものなのだ。――故ウヰルソンの女婿 McAdoo 氏はよくこの事実を知つてゐた。
あるとき McAdoo 氏が、自分の関係してゐるある慈善事業のために、慈善市を催したことがあつた。氏はその売子のなかに幾人かの美しい女優を交へておくのを忘れなかつた。
その日になつて、氏が会場の入口を入らうとすると、そこには紀念の花束を売りつけようとして、四五人の若い女たちが客を待つてゐた。そのなかに一人づばぬけて美しい女優が交つてゐたが、その女はかねて顔馴染な McAdoo 氏を見ると、顔一杯に愛嬌笑ひを見せ乍らいち早く歩み寄つて来た。そしてきやしやな指先きに露の滴るやうな花束をとり上げて、
「あなた、お一つどうぞ……」
と、押しつけようとした。
McAdoo 氏はあぶなくそれを受取らうとして、ふと第二の売子の足音を聞いてその方にふり向いた。それは顔立も、服装も、見るから地味な婦人だつた。氏は急に考へをかへて、その婦人から花束を一つ買ひ取つた。
「あなた、なぜ私のを買つて下さらないの。」
女優は、わざとぷりぷりした顔をしてみせた。以前にも増してそれは美しかつた。地味な姿の売子が新しい来客の方へと急ぎ足に往つたのを見てとつた McAdoo 氏は、低声で女優に言つた。
「でも、あなたはあまりお美しいから。僕は今日はいつぱし慈善家になりおほせたいから、わざと地味な方のを選んで買ひました。」
この言葉は覿面だつた。女優はそれを聞くと、胸に抱へた花束をそつくりそのまま買ひ取られでもしたやうに、顔中を明るくして満足さうに笑つた。
返辞
5・1
女性
新入学生が、初めて学校の校庭を踏むときには、地べたを護謨毬か何ぞのやうに感じるほど神経質になるものだが、ある年の新学期にエエル大学に入つて来た若い人たちのなかに、とりわけ神経質の学生が一人あつた。
部長 Jones は、その学生の家族たちと懇意にしてゐたので、学生が訪ねて来ると、愛想ぶりに連れ立つて学校のなかを方々案内して見せた。
その時ちやうど教会堂の鐘が鳴り出してゐた。さきがたからしきりと話の題目を捜してゐた若い学生は、やつときつかけを見つけたやうに言葉をかけた。
「あの鐘は、すてきによく鳴るぢやありませんか。」
部長はずぼんの隠しに両手を突つ込んだまま、他の事でも考へてゐるらしく、何一つ答へてくれなかつた。新入生は胸に動悸を覚えた。
「あの鐘はよく鳴りますね。僕気に入つちやつた。」
彼は半分がた自分に話すもののやうに言つた。部長は何とも答へなかつた。
「鐘の音がたまらなくいいぢやありませんか。」
新入生は泣き出しさうになつて、やけに声を高めた。
「何かお話しでしたか。」部長はやつと気づいたやうに、今まで地べ…