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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID46642
副題50 大病をした時のことなど
50 たいびょうをしたときのことなど
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-01-08 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ちょうどこの彫工会発会当時前後は私は西町にいました。
 その節、彼の三河屋の老人と心やすくなって三河屋の仕事をしたことは前に話しましたが、その関係上、少しでも三河屋の方に近くなる方が都合がよかったので、老人の勧めもあって、仲御徒町一丁目三十七番地へ転宅しました。西町の宅よりも四丁ほど近くなったわけでした。

 さて、彫工会の発会等もすべて落着し私はこれから大いにやろうと意気組んでいた矢先、大病に罹りました。
 掛かった医師は友人の漢法医で、合田義和という人であった。この人は漢法ではあるが、なかなかの名医でありました。
 私の病気は何んとも病名の分らぬ難病であって、一時はほとんど家内のものも絶望した位で、私も覚悟を極めておったのでした。どういう病気かと申すと、身体全体が痛む。実に何んともいいようのない疼痛を感じて、いても起ってもいられない位……僂麻質斯とか、神経痛とかいうのでもなく何んでも啖が内訌してかく全身が痛むのであるとかで、強いて名を附ければ啖陰性という余り多くない病気だと合田氏は診断している。一時は腰が抜けて起つことも出来ない。寝ていても時を頻って咳き上げて来て気息を吐くことも出来ない。実に恐ろしく苦しみました。
 それで、医師の合田氏は、これはいけないと非常な丹精をしてくれまして、夜も帰宅らず、徹宵附き添い、薬も自身煎じて看護してくれられました。その丹精がなかったら恐らく私は生命を取られたことと思いますが、三ヶ月ほどしてようやく快方に趣いたのであった。

 この合田氏という医師は、これまた一種の変人であって、金持ちを嫌いという人、貧乏人のためには薬代も取らぬというほどに貧窮者に対して同情のあった人で、医は仁術なりという言葉をそのまま実行されたような珍しい人でありました。気性が高潔である如く、医術も非常に上手でありました。私がこういう名医に友人があってその人の手にあらゆる親切と同情をもって看護されたことは全く私の幸福でありました。

 しかし、私は、既に世の中に顔を出して来てはおったものの、まだまだ木彫りが行われているという世の中にならず、相更らずの貧乏でありますから、医師にお礼をしたくてもするわけに行きません。大病で、三ヶ月も床に就いていることだから、生活には追われて来る。知人などの見舞いのものでその日を過ごしていたような有様でありました。けれども、どうにか都合をして薬代だけは払いましたが、合田氏の啻ならぬ丹精に対しては、まだお礼が出来ぬので、私はそれを心苦しく感じている中段々身体も元に恢復して参って、仕事も出来るようになりましたので、日頃念頭を離れぬ合田氏への御礼のことをいろいろ考えましたが、病後の生活にはこれといって適当な方法も考え附かず心ならずも一日一日と送っておりました。さりながら、人の普通ならぬ親切を受けてそのままでいることはいかにも気が…

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