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ヂュパンとカリング
ジュパンとカリング
作品ID46664
著者小酒井 不木
文字遣い新字新仮名
底本 「探偵クラブ 人工心臓」 国書刊行会
1994(平成6)年9月20日
初出「新青年」博文館、1926(大正15)年新春増刊号
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2007-10-25 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       一

 オーギュスト・ヂュパンはポオの三つの探偵小説、「モルグ街の殺人」、「マリー・ロージェー事件」、「盗まれた手紙」にあらわれる探偵であって、いわば、探偵小説にあらわれた探偵の元祖である。もっとも「探偵」なる名称はガボリオーの小説あたりから使用され、ポオはヂュパンのことを別に私立探偵とも素人探偵とも呼ばなかった。
 しかしながら、ヂュパンは、「探偵」に必要な条件を殆んど皆、備えているといってもよいのであって、その後にあらわれた小説中の探偵は、その性格に多少の差異こそあれ、ヂュパンの型を脱することが出来なかった。だからヴァンス・トンプソンも、「ポオが『モルグ街の殺人』に於て、ヂュパンを創造したとき、彼は小説中の探偵のすべての型を創造した」と述べている。シャーロック・ホームズは、「緋色の研究」の中にヂュパンを批評して inferior fellow と嘲っているけれども、彼自身はやっぱり、ヂュパンと同じような性質を持ちヂュパンと同じ遣り方によって事件を解決しているのである。実際、シャーロック・ホームズを創造したコーナン・ドイル自身が、「探偵小説作家は、必ずポオの足痕を踏んで行かねばならぬ」と言っているのを見ても、後世の探偵小説家の描く探偵は、畢竟、ヂュパンの型を受け継ぐことになるであろう。
 探偵は観察力が非常に優れねばならない。探偵は推理分析の力が異常に発達しなければならない。探偵は変装に巧みであらねばならない。……こんなことを今更、物珍らしく書いていては、本誌の読者に笑われるかも知れないが、とにかく、これらの資格をヂュパンは完全に備えているのである。ヂュパンに次で出たガボリオーのルコックはヂュパンよりも変装が巧みであるかも知れない。更にその次に出たシャーロック・ホームズはヂュパンよりも、推理観察の力がすぐれているかも知れない。しかしそれは程度の問題であるに過ぎない。ポオは僅かにヂュパンの出て来る短篇小説を三つ書いただけであるのに、シャーロック・ホームズの出て来る小説は、長短数十篇あるし、又、ルコックの出て来る小説も、長短篇合せると相当の数になるから、已むを得ない訳であろう。
 総じて探偵小説にあらわれる素人探偵は、警察の探偵を翻弄する。例えばシャーロック・ホームズはレストレードを翻弄し、ルコックはゲヴロルを物ともしない。そうして、ヂュパンも同様に警察官を嘲弄しているのであって、このこともやはりヂュパンがその元祖となっているのである。実際ポオの書いている如く、ヂュパンの智嚢は「病的」であるほど深いのであるから、丁度カーライルが、彼の同時代の英国民を「四千万の愚物」と称して嘲ったように、警察の探偵を嘲ったのは無理もないことである。
 が、実際の探偵から見れば探偵小説の探偵ほど実在性の少いものはなく、これはかのフランスの名探偵ゴロンが特に指摘した点…

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