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改暦弁
かいれきべん
著者福沢 諭吉
文字遣い旧字旧仮名
底本 「福澤全集 巻二」 時事新報社
1898(明治31)年
初出「改暦辨」1873(明治6年)年1月1日発兌
入力者田中哲郎
校正者高橋征義
公開 / 更新2019-01-10 / 2018-12-24
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

大陽暦と大陰暦との辨別
此度大陰暦を止て大陽暦となし、明治五年十二月三日を明治六年一月一日と定めたるは一年俄に二十七日の相違にて世間にこれを怪む者も多からんと思ひ、西洋の書を調て彼の國に行はるゝ大陽暦と、古來支那、日本等に用る大陰暦との相違を示すこと左の如し。
大陽とは日輪のことなり。大陰とは月のことなり。暦とはこよみのことなり。故に大陽暦とは日輪を本にして立たるこよみ、大陰暦とは月を本にして立たるこよみと云ふ義なり。抑も此世界は地球と唱へ圓きものにて自分に舞ひながら日輪の周圍を廻ること、これを譬へば獨樂の舞ひながら丸行燈の周圍を廻るが如し。獨樂の自分に一度廻るは即ち地球の自轉といふものにて、行燈の方に向たる半面は晝となり、裏の半面は夜となり、この一轉を一晝夜とするなり。斯く獨樂の舞ひながら行燈の周圍を廻るは即ち地球の公轉と云ふものにて、行燈を一廻まはりて本の塲所へ歸る間に、春夏秋冬の時候を變じ、一年を爲すなり。扨日輪の周圍に地球の廻る道は六億の里數あり。この六億里の道程を三百六十五日と六時(實は五時四十八「ミニウト」四十八「セカンド」なれども先つ[#「先つ」はママ]六時とするなり)の間に一廻して本の處に歸るなり。即ち地球の自轉にて云へば三百六十五度と、四半分轉る間に六億里の道を走ることなり。大陽暦はこの勘定を本にして日輪の周圍に地球の一廻する間を一年と定めたるものなり。然るに此一廻の間、丁度三百六十五日ならば千年も万年も同じ暦にて差支なき筈なれども、六十五日の上端に六時といふものありて毎年六時づ[#挿絵]後れ、四年目には四六二十四時、即ち一日の後となるゆへ、四年目には一日増して其間に地球を走らしめ、丁度本の處に行付を待つなり。即是閏年なり。右の如く大陽暦は日輪と地球とを照し合せて其互に釣合ふ處を以て一年の日數を定たるものゆへ、春夏秋冬、寒暖の差、毎年異なることなく何月何日といへば丁度去年の其日と同じ時候にて、種を蒔くにも、稻を刈るにも態々暦を出して節を見るに及ばず。去年の彼岸が三月の二十一日なれば今年の彼岸も丁度其日なり。且毎年の日數同樣なるゆゑ、一年と定めて約條したる事は丁度一年の日數にて閏月の爲に一箇月の損徳あることなし。其外の便利は一々計へ擧るに及ばざることなり。唯此後は所謂晦日に月を見ることあるべし。數を知らざる無學の人には、一時目を驚かすの不便あらん乎、文盲人の不便は氣の毒ながら顧るに暇あらず。其便不便は暫く擱き、兎に角に日輪は本なり、月は附ものなり。附ものを當にせずして、本に由て暦を立るは、事柄に於て正しき道といふべし。
大陰暦は月を目當にして定たる暦の法なり。月は此地球の周圍を廻るものにて其實は二十七日と八時にて一廻りすれども、日と地球と月との釣合にて丁度一廻して本の處に歸るには二十九日と十三時なり。大陰暦は毎月十五日の夜に圓き月を見る趣向な…

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