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作品ID | 46671 |
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著者 | 木下 利玄 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「定本 木下利玄全集 散文篇」 臨川書店 1977(昭和52)年9月10日 |
初出 | 「白樺」1911(明治44)年11月 |
入力者 | 土屋隆 |
校正者 | 伊藤時也 |
公開 / 更新 | 2010-08-19 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 7 ページ(500字/頁で計算) |
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足守川にかゝつて居る葵橋を渡る頃は秋晴の太陽が豐年の田圃に暗く照つて居た。八幡樣の山では松の木立の下に雜木がほのかに黄ばんで櫨の木の紅葉の深紅なのが一本美しく日に透いて居るのが長閑に見えた。河原には、未だ枯れぬ秋の草が野菊交り、色の褪せた死人花交りに未だ青く殘つて居て、親馬についた子馬が其の草を食つて居た。澄んだ細い流れは、日を受けてその間に光つて居た。
隱亡の住んで居る部落を過ぎて山路にかゝる頃から日が曇つた。振りかへると、茂つた宮路山の後の、處々禿げた大きな山の上一帶が何時の間にか暗い灰色になつて、自分たちを威嚇して居る。宮路山から足守の町にかけてはうすい霧とも云へぬ程の水蒸氣がぼうつと下つて居る。
「天氣は大丈夫かしら」と自分は後に續いて來る今日の案内の爺さんにきいた。
「御心配なさいますな。大丈夫でござんす」と答があつた。其處で自分たちはすゝんだ。
自分たちは十六人で今日妙見山へ茸狩に行くのだ。十六人の中には、妻も妹も姉も弟も、妹の友達も瓢箪を赤い紐で肩にかけた老人も辨當や果物の籠や土瓶を天秤で擔いた下男も居る。
山の傾斜をポプラーの苗が植ゑてある處迄來ると濕氣を帶びた風が一行の頭の上を追ひ越して行く手の木立に鳴り騷いだ。山の木は皆その白い葉裏を飜へして風を迎へた。先刻向うの山に見えた蒸氣は谷を渡つて今此の山を上るらしい。それでも里からはもう可なり上つて來たのだし、經驗に富んでる筈の山に詳しいお爺さんが大丈夫と云ふて居るから、今に晴れるだらうと思つて猶上つた。
かなり大きな池の縁を通つた。冷かな風は池の面を渡つて岸の雜木に吹いて居る。それに山に入つては秋が早く其處らには春紫の花をつける躑躅が逸早く紅葉して小松と共に雜木の間に交つて居る。一寸山の湖を思はせる風物である。
此處から一しきり槇の木の山にかゝると、雨は遂に顏にあたつた。時雨の雲は山を襲つて自分たちをこめたのである。併し出迎へた山番が松茸のある所がもう近いと云ふので雨宿りにと大木の下にも休まなかつた。槇の林から松の林、山は次第に急になつた。
女連の白い足袋や赤い八つ口が松の木の間にチラ/\して、白い灰色の土の山の、道のない處を上つて行くのが、下から行く自分になつかしく見上げられる。雨は襟に冷りと當り、着物に點を打つたけれど此時已に自分たちは松蕈を見出したから、氣にはならなかつた。何にしろ自分は松蕈が地面に生えて居るのを見たのは始めてだから珍らしい。
蕈は松の根の、こぼれ松葉の下の灰色の土を擡げて、茶色の頭を揃へてしら/″\しくも默つて居る。隱れん坊をして此處なら大丈夫と隱れて居る子供が、搜し出されたやうな顏をして居る。一處にあると其の近所に方々にあつて、嬉しい愉快さうな聲が口々から洩れた。
「ア此處にもあります」「此處にあつた」銘々思ひ/\に腰をかゞめて取り始めた。未だ小さくて…