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誤った鑑定
あやまったかんてい
作品ID46675
著者小酒井 不木
文字遣い新字新仮名
底本 「探偵クラブ 人工心臓」 国書刊行会
1994(平成6)年9月20日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2007-10-28 / 2014-09-21
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 晩秋のある夜、例の如く私が法医学者ブライアン氏を、ブロンクスの氏の邸宅に訪ねると、氏は新刊のある探偵小説雑誌を読んでいた。
「探偵小説家というものは随分ひどい出鱈目を書くものですね」と、氏は私の顔を見るなり、いきなりこういって話しかけた。
「え? 何のことですか?」と私は頗る面喰って訊ね返した。
「今、ジョージ・イングランドの『血液第二種』という探偵小説を読んだ所です。その中に出て来る医者が、血液による父子の鑑別法を物語っていますが、実に突飛極まることを言っていますよ、まあよく御聞きなさい。こうです。父と子の血液を一滴ずつ取って、それを振動器の中へ入れて、まぜ合せると、もし真実の父子ならば、血液を満している微小な帯電物の振動が一致するというのです。電子ではあるまいし、何と奇抜な説ではありませぬか?」
 私もそれを聞いて思わず吹き出してしまった。
「それじゃまるで支那の大昔の鑑別法そっくりですね」と私は言った。
「それはどんな鑑別法ですか?」と氏は急に真面目な顔をして訊ねた。
「支那の古い法医学書に『洗冤録』というのがあります。その中に、血液による親子の鑑別法が書かれていますが、それによりますと、親と子の真偽を鑑別するには、互に血を出し合って、それを、ある器の中にたらすと、もし親子であったならば、その血がかたまって一つになり、もし親子でなかったならば、よく混らないというのです」
「そうですか、いや却ってその方がむしろ科学的鑑別法に近いじゃありませんか、現今では、血球の凝集現象の有無から判断するのですもの」こう言って氏は更に雑誌を取り上げて上機嫌で語り続けた。
「それから、その医者はまた言います。人間の血液は四種類に分けられていて、親と子は同一種類に属するものだと。四種類に分けられているとまでは正しいですけれど、親と子が同一種類だということは、少し考えたら、言えないことではありませんか。父と母とが同一種類の人ならばともかく、父と母とがもし違った種類の人だったならば、生れた子が親と同一種類だとはいえなくなるのが当然ですからね」
「何しろ、探偵小説家は自分で血液などを実際に取り扱ったことがなく、ただ書物などに書かれてあることを、自分勝手に判断して書くのですから、そうした間違いを生ずるのでしょう」と私は言った。
「それはそうですね。小説家の書くことを一々穿鑿するのは、穿鑿する方が野暮かもしれません。たしか一八七〇年頃だったと思います。フランスで、ある若い女が、豚などに生えているあの針のように硬い針毛というのを細かく刻んで、それを自分の憎む敵の食事の中へ混ぜて殺した事件があって、一時欧洲で大評判となりました。すると小説家のジェームス・ペインが、この話を材料にして『ハルヴス』という有名な小説を書き、その中の主要人物の一人を、その姪が、馬の毛を細かく刻んで食事の中へまぜて…

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